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ナツがいなくなってから三週間が経過した。
あの日、ふたりでカップ麺を食べていつものように一晩過ごしたあと、寝て起きたらナツの姿はなくなっていた。ナツが神様と結婚すると私に告白したあとは、それが最後の夜だというのにも関わらず、なにもかもがいつもと一緒で、いつものように私は涙を流した。私は涙を流して、ナツは隣に座っていた。しかしいつもと変わらなかったはずなのに、なにかがいつもと違った。ナツは困ったように微笑み、私の涙を舐め取った。その顔にはいつものような不安はなくて、すっきりとしたような晴れ晴れさがあったのだ。私はそれが悲しくなって、また涙する。自分の涙だけであの夜はいっぱいだった。
私は泣き疲れて寝てしまったのか、起きるとナツはいつものようにいなくなっていた。猫のようなナツは気が向いたらいなくなる、だから私は神様と結婚するといっていたナツは、また気が向いたら私に会いに来てくれると心のどこかで思っていた。
そうしたらナツが来なくなってからいつのまにか三週間も経過していた。その間私は普通に大学生活を送っていた。大学が休みの時はベッドの上で膝を抱えていつものようにナツを待った。水や食物は摂取しない。トイレも限界まで我慢する。我慢できずにトイレに行くときにだけ水分を補給する。膝を抱えているといつの間にか涙がこぼれてる、そうした私の日常はナツがいてもいなくても変わらなかった。そのことが悲しくて私はまた涙を流す。悪循環。私の涙脆さというのはナツがいてもいなくても変わらなかった。
ナツがいなくなって三週間目の日曜日の昼、滅多に鳴る事のない家の電話が甲高い音で部屋の中に鳴り響いた。私は慌てて出る。ナツかもしれない、そんな気持ちが心の奥底で疼いてた。
「はい、成島です」
「成島、由美さんですか?私、崎岡ナツの母なんですが」
胸がドキリと大きく鳴る。嫌な予感が頭を過ぎる。神様と結婚するの、そう言ったナツの微笑が、嫌な予感をより一層高めた。
「はい、どうなさったんですか」
そう言いながら自分の声が震えているのがわかる。ナツの母も言葉を詰まらせているのか、なかなか声を出さずに息を吸ったり吐いたりを繰り返している。わかってしまった。ナツの母の言いたいことがわかってしまった。
私は息を吸うと、「ナツさんは、」と震えた声で切り出す。
「亡くなったんですね」
自分で言いつつ何かが込み上げてくるのがわかる。ナツの母親は大きく息を吸うと、小さな声ではいと呟くように答えた。
「失礼ですがどうやって…」
言葉を出す度に大きく息を吸わなければ声が掠れてしまいそうだった。涙が出てこない。けれどショックは確実に受けているのが自分でもわかる。ショックすぎて、涙が出ない。ナツが神様と結婚する決心がついたのと言っていたのは、死ぬ決心がついたということだったんだ。私はなぜあの時に止めなかったんだろう。もっと必死になって、止めなかったんだろう。
後悔が押し寄せる私のことを他所に、ナツの母親は私と同じように大きく息を吸うと早口でまくし立てるように喋りだした。
「家の近くのマンションから飛び降りて。それが一週間ほど前の話です。お葬式も済んでしまいました。昨日のことなんですが、ナツの部屋を片付けていたら、あの子の携帯が出てまいりまして、たった一件、あなたの電話番号が入っていたので、あの子のお友達なのかと思いまして、とにかくあの子が亡くなったことをお知らせしなければと思いまして、電話かけさせていただいたんです、本当に急なんですが、申し訳ございません。あの子に友達がいただなんて、あの子の友達をしていただいたみたいで本当にありがとうございます」
言葉が出なかった。涙も出なかった。なんと言えばいいのかわからない、ナツが死んでしまった、マンションから飛び降りて、ナツが死んでしまった。これで、私の人生も終わりかな。
「携帯の未送信メールに、あなた宛にメールが入っていたんです。死なないで、って。あたしがいなくなったからといって、あなたは死なないでって。あの子にとってあなたは大切な人だったんでしょうね」

電話が切れてからしばらく動けなかった。死なないでだなんて、ナツは馬鹿だ。私はナツと一緒に居られるのなら、ナツと一緒に死ねるのならそれでよかったのに。最後の夜に私は泣きながらナツに言った。ナツと一緒に死にたい、と。神様にナツを奪われるくらいなら、ナツと一緒に死にたい。
ナツは笑ってそれは無理よ、あたしは神様と居ることを選んだのだから。あなたじゃない、神様を選んだの。と言って、私の目から零れる涙を舌で掬い上げた。
私は震える足をなんとか立たせると、自分の住むマンションの最上階まで階段を昇っていく。そのときにもナツの母が言っていた、死なないでというナツの遺言が頭の中をぐるぐると回っていた。死なないで、あなたは死なないで。
ナツはどのような思いでそのメールを打ったんだろう。私はナツが携帯を持っていたことさえも知らなかった。うちの電話番号を知っていることも知らなかった。どういう思いで、私にメールを残したんだろう。どういう思いで、最後に私の家に来てから二週間を過ごしたんだろう。どういう思いで、マンションから飛び降りたんだろう。
私は階段から身を乗り出すと、ナツを思った。私の左の薬指にはナツとお揃いの指輪がまだはめている。ナツは飛び降りるときこの指輪をはめていたんだろうか。最後まで私を想っていてくれていたんだろうか。
涙がこみ上げてきては、目から零れ落ちていく。私が愛していたのはナツだけだった。あの時も今も、これからも。あなたは死なないで、あたしがいなくなったからといって、あなたは死なないで。あなたは死なないで。
ナツは不安だったに違いない。あの時私に初めて涙を見せて、ナツは不安だったに違いない。そのあとなんでもないふうに、不安のカケラもないふうに笑っていたけれど不安だったに違いない。あなたは死なないで、ナツの私に対する最後の言葉だ。私は生きなければならない。
これから、ナツが居ない非日常が始まる。


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