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「やめて」
「何が?美沙、どうしたの?」
「やめてってば、お願い消えて、消えてよお願いだから」
隆二は傷ついた顔をしたのだろう、ごめんな、と呟きすうっと消えてしまった。
隆二はひどく優しい人だった。その優しさが人を傷つけていることも知っていた、だけど敢えて優しく居続けていた人だった。人の痛みに敏感で、人の痛みさえも自分の痛みにしてしまう、男の癖に涙もろくて、繊細な人だった。隆二の家で別れを告げられたとき、あたしは彼があたしを傷つけたという罪悪感に自惚れて苦しんだふりをしていると思っていたけれど、それは違う。あたしを傷つけたことに、彼自身も傷ついていたのだと思う。あたしが負うべき傷と、彼が負うべき傷と、彼はそれに苦しんでいた。それに彼はあたしのこの力を確かに理解していなかったのかもしれないが、彼は判ろうと努力していた、わかったふりもしていない。力をコンプレックスにしていたのも気にしていたのもあたしだけで、彼は力とは関係なしにあたしのことも見ていてくれたはずだ。なのに、あたしはなんてことを言ってしまったのだろう。彼を傷つけてしまった。あんな別れ方は、きっと彼なりの配慮だったのかもしれない。彼は優しい人。自分を犠牲にして生きている優しい人。
「美沙、美沙、美沙」
再び隆二の声。いくら耳を塞いでも、隆二の幻は頭の上のほうから声を降らせて、私の耳の中へ入り込んでくる。これ以上は、隆二の声など聞きたくない。今のあたしには酷過ぎる。隆二の「美沙」という呼ぶ声は果てなく聞こえる。何重にもなって、私の耳へ届く。この部屋に隆二の幻がたくさん存在することがあたしにはわかった。気配がひとつでない、いくつもいくつも、何人もの隆二がそこにいる。
「ああ」
思わず声が口から漏れる。隆二の声を消さなければ、あたしが壊れてしまう。思わず発狂しそうになるものを堪えるが、こらえる口の中からはうめき声が外に出る。隆二はひどい。優しい上に残酷だ。あたしを思うのなら消えてくれれば良いのに、どうして消えてくれないのだろう、残酷だ、あまりにも残酷すぎる。
「美沙、どうしたんだよ美沙、美沙?大丈夫、怖くないよ、僕を見て」
部屋中に居るのであろう隆二が口々にそう語りかけてくる、何重にもなって、あちこちから、隆二の声が私の中に侵入してくる。誰でもいい、あたしをこの地獄から救い出して欲しいのに。
「消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて」
隆二の、あたしの恋人だった隆二の温もりが懐かしい。こんな幻でない隆二の声、温もり、あたしを見る目、全部が恋しい。消えない隆二の幻、地獄はいつまで続くのだろう。
何時間もたって、あたしはぐったりと壁にもたれかかれながら、たくさんの幻を眺めた。
「美沙、」
隆二は最後まで優しい人。私を殺してはくれない。
泣きそうな顔で立っていた隆二はごめんと繰り返しながら、あたしの体を抱きしめる。隆二は優しい人。温もりが気持ちよくて、あたしはそれに甘えて目を閉じ涙を堪えた。


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