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小さい頃から、あたしは不思議な力を持っていた。幻が見えてしまえるという特殊な力で、所構わずそれは見えてしまう。幻といってもそれはさまざまで、蜃気楼のようにそこにないものが見えてしまったり、そこには存在しない人がそこに居て会話をしたり、一種の霊感、もしくは超能力なのかもしれない。幻はあたしの意思と関係なく現れ、気づいたら消えている。小さい頃は幻がそれだと判断できずに幻と会話していたりしていたけど、今となっては、小さい頃から慣れ親しんできたからか、現れたものが幻か現実かは判断できるようになっていた。だけど時たまわからないときはあるけれど。その幻の判断基準としては、触れることができないということだ。幻だから、もちろんそこには存在しないから、触れることができない。あとは蜃気楼のように相手がぼやけているときは見た目からしてすぐに判断することができる。他は長年の感だけが頼りだ。
まだ幼かった頃はそこに誰も居ないのにひとりで喋っているあたしを怪しんで、ろくに友達というものはいなかった。人は近寄っては来なかったし、それならこちらから近寄る必要はないと思っていた。
普通の人に幻が見えないと知ったのは小学校二年のときで、女の子と喋っていたら、クラスの男の子に「お前、誰と喋ってんだよ」と言われたのがきっかけだった。あたしが「ここに女の子がいるじゃん」と言ったら、「そこにお前以外誰もいないんだよ気持ち悪い」と走って行ってしまった。あたしは自分の前で首を傾げて立つ女の子を見て、ああみんなにはこの子が見えないのだ、とようやく気づいた。女の子は「あたしはここにいるよ」と泣きそうな顔で消えてしまった。
あたしにとって幻は日常であって、不思議なものじゃない。ただこの力を理解してくれる人じゃないと人として付き合う気がしなかった。両親は理解が薄かったけれども、そんな両親以外で理解をしてくれたのは高校で出会った彼、隆二だけだった。
いつの間に自分の部屋にいたのか、気づいたら窓の外は暗くなっていて、時計を見ると十時を回っていた。カーテンを閉めて、ため息をつく。隆二と別れたのよね、隆二の情けない顔と美沙と別れたいと言った彼の苦しそうに歪めた顔を反芻する。実感がわかないのだけど、自分の吐き出した汚い言葉を思い出して後悔をしていた。あんな言葉を吐いたのは生まれて初めてだった。
部屋の中に人の気配がした。息を殺しているかのように息遣いもほぼしない、だけど部屋の中に誰かがいることだけはわかる。
あたしは覚悟をするために、目を閉じて深く息をつく。部屋の中にいる幻が誰かがわかったような気がする。こんなときにそれは残酷だ、残酷すぎる。だから振り向くのに相当の覚悟を要した。 
ゆっくりと振り返り、そこにいた人物を見て息を飲む。覚悟はしたものの、やはり幻でも彼を前にすると胸が苦しくなる。
「隆二?」
「どうした?」
いつもの隆二がそこに居た。あたしは思わず目をきつく閉じる。抱きつきたい衝動に駆られ、これは幻だ、と自分に何度も言い聞かせる。
「隆二こそどうしたの?」
隆二はバツが悪そうに苦笑する。
「さっきはごめんな、なんて言うんだ、虫の居所が悪かったとでもいうのかな、あんなことを言うつもりはなかったんだ。」
残酷だよ幻は。両手で耳を塞ぐと、うずくまる。
そんなこと言っているのは幻だ、実物の隆二はそんなこと思っているはずがない。幻は残酷だ。幻といえど、姿形はまぎれもなく隆二そのもので、声も醸し出される雰囲気も本物と同じだから、そんなこと言われると、うそだとわかっていても、うそでも事実でなくても嬉しくなってしまうのだ。幻の隆二には罪悪感など存在しないのだろう、そもそも、そんなことを言っていることにも気づいていないのではないか。幻には感情が存在するのだろうか、幻とはなんだ、なぜあたしにこんなものが見えてしまうのだ。こんなに幻が憎いと感じたのは久々だった。


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