[携帯モード] [URL送信]

あとのちまつり


いつものように玄関のドアを開けると、そこにいつもと違う光景が広がっていた。
私はいつも玄関に鍵をかけたりしないから、コンビニの帰り道、普段のように自分の部屋のドアを開けたはずだった。
このアパートは家賃42000円で、1Kだからひどく狭い。キッチンとユニットバスがあってその向こうに8畳の部屋があるだけ。家賃が安いのか高いのかはわからないが、私はそれなりに気に入っている。住んでいるのも学生ばかりだし、ボロアパートだし、泥棒に狙われることもないだろうと思ったのだ。それに泥棒に入られたって、盗まれて困るようなものはない。
「あれ?」
その言葉に続いて「部屋間違えた」と続くはずだったけれど、キッチンの向こうの光景を見て、思わず言葉を飲み込む。
浮いている人を見てしまった。宇宙人だろうか、もしくはひとりで手品をしている人、もしかして空中に浮くことができる特種な人種なのか、など馬鹿らしい想像が咄嗟に浮かんで、すぐに消える。首吊りだ、と気付くのには多少の時間を要した。
動こうとしたのにここから動けない。私はその場に立ち尽くしたまま動けなくて女の人を呆然と見つめていた。
首吊りの主は女だった。スカートを穿いているし、髪の毛がばっさりと前に落ちて顔が隠れている。
首吊り、だ、と何度も繰り返していると待てよ、と気付いた。それはとても重要なことのような気がする。まず、首吊りできるような縄とかロープを結べるようなものが部屋の天井にあったか。自分の部屋の天井にはそんなものはない。天井にあるものは電気だけだし、それに結ぶのは可能かと言われたらきっと不可能だ。だから首吊りなんて出来ない。それに、首を吊ると体中の穴という穴からいろんなものが出てくるという。顔の目鼻口、耳からは脳みそやらが出てくるって、下からは排泄物が出てくると誰かがいっていた。この女の人は見る限り何も出ていない。これは、これは本当に首吊りか。
思わず玄関のドアを閉めて一呼吸置いてから、部屋の番号を見る。205号室、私は204号室。やっぱり間違えている。私は大きく息を吸うと、今見たものは幻かもしれない、と自分に言い聞かせる。
確認しようとゆっくりと開けたその先には私が見た首吊った女の人の姿はなかった。女の人がぶら下がっていたその場には、何もない空虚な空間が広がっていた。
「嘘、」と口から零れる。
女の人の姿があったほうがよかったとか、決してそういうわけじゃない。


目を覚ますと外は真っ暗になっていた。さすがに12月、夕方6時の外は夜も更けた空になっている。夕方という呼び名には相応しくない、暗さ。
今とは違う明るい空をしていた昼間、あれから部屋の中に進入させてもらったけれど、そこには女の人の死体どころか人の姿、気配も何もなかった。窓が開いていたので、もしかしてと外を見てみたけれどそこにも人の姿はない。風呂場とか押し入れとかも見てみたけれど、女の人はいなかった。
私は先程見たのをただの妄想だと断定して、無断で部屋に入ってしまったことを申し訳なく思いながら、部屋を後にした。部屋を出る前から胸にあった違和感は、倒れるように昼寝をした後の今でも残っている。
食欲ないな、とベッドの上でゴロゴロしていると、玄関のドアがガチャリと開く音がした。私は不審に思い身を起こし、玄関に目を向ける。
ひとりで暮らしはじめてから、友人にも家族にも戸締まりをきちんとしろと言われていた。私のだらしなさというものを知っているからこそ、皆口をそろえて言っていたのだとおもう。部屋に入ってくるのは泥棒だけとは限らないでしょ、仮にもあんたは女なんだから。失礼だなと思っていたが、同じことは恋人にも言われた。仮にも女なんだからとか、自分の彼女に対して失礼極まりない。
私は玄関を見て、部屋に入ってくるのは泥棒だけとは限らないんだね、と自分に言ってみた。鍵は本当にかけたほうがいいんだね。今更ながら後悔に襲われる。次からはちゃんと鍵をしめなきゃ、次があったらだけど、だなんてそうやって笑う余裕がある自分が恐かった。


あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!