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》変わらない朝焼けを

杉田さんに未だ家出の原因は聞かれない。
住み着いてやる、と思った。
あの家に帰りたくないと、煙草を渡したあとに言うと、杉田さんは満面の笑みでわかるよと言った。
だからいつまでもいるがいい、服は買ってやろう、お金は有り余ってる、代わりに夕飯は作ってくれると嬉しい、お金は毎朝置いていく、ヤエの好きなものを。

胸がちくりと痛んだ。
杉田さんは満面の笑み。
あたしはここに居ていいんだ、胸の痛みとは裏腹に、安堵感で一杯。


次の日、昼間のお姉ちゃんとぎちちのいない時間帯に家に帰り、とりあえず少しの荷物を鞄に詰めようと思った。
玄関のドアを開けると、ぎちちの靴が置いてあった。
お姉ちゃんの靴はない、お母さんの靴もない。
玄関のドアを静かに閉めると、来た道を駆け戻った。
上手く息が吸えず、息を止めて走った。
気付いた時には杉田さんの枕に顔を押し付けていて、大きな染みが広がっていた。

言った通り、杉田さんは私に服を買ってくれた。
何駅かいったところにあるデパートが立ち並ぶ街で、カーディガンとTシャツを何枚か、デニムのスカートとパンツを一着ずつ、さらに下着を3セット買ってもらった。
杉田さんは有意義な買い物だ、と笑った。
あたしは好意に甘えた。

あ、と小さく声をあげてあたしは足を止めた。
足ががくがく震える。
いけないものを見てしまった。
杉田さんはあたしに気付かず先に進む。

玄関をあけるとぎちちの靴と黒いミュール。
途切れ途切れ発せられる女の泣き声のような甘い声と、男の声と荒い息遣い。
リビングのドアの向こうにあった見てはいけない映像、

あたしは人混みにうずくまる。めまいとはきけ、いけないものをみてしまった。


杉田さんはそれ以来、あたしをよく見るようになった。
監視、だとあたしは感じた。
だけどそれは苦しいものではなかった。心地良い。
杉田さんは知ってか知らずか、あたしを監視しつづける。

Tシャツと下着を洗濯機に入れ、洗剤を加えてスタートボタンを押す。
その動作を杉田さんは興味深げに見ていて、なんですかとあたしが問うと、いつの間にか住み着いてんな、と口角だけをあげて笑った。
不思議だと思う。
その笑い方は、口角あげるだけと笑わない目、合わせて自嘲するような笑い。

ごめんなさい。
いや、僕が良いと言ったから。
でも、
いいんだよ。
ありがとうございます。
あたしも真似て口角をあげて笑った。
そんなあたしを見て杉田さんは無表情でいて、笑ってくれればいいのに、と内心で悪態をついた。

杉田さんのあたしを監視する目は、あたしを監視しながらも、あたしを見てはいなかった。
あたしはそれを知りつつも、杉田さんの視線を浴び続ける。

もっと舐めるように見てください。
口から出そうな言葉を何度も飲み込んだ。
深層心理に触れてほしい、心の内を喋ってしまいたいような気に襲われる。
それを杉田さんは望んでいる。
わかっていたから、あたしは話してはいない。


あきゅろす。
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