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ぐるぐる

つないだ秋桜の手は冷たかった。秋桜の手は硬直して冷たくて動かなかった。
武司は恐くなって、ベッドに横たわる秋桜を覗き込む。秋桜は俺の不安を余所に、安らかな顔で眠っていた。幸せを噛み締めるような、今、幸せの絶頂にいるような、そんなふうを思わせる顔だ。
武司は椅子に全体重を預け、静かに目を瞑る。
武司の脳裏に浮かんできたのは、一年前に秋桜と行った芝生が広がる大きな公園。
その日は天晴れと思わず言いたくなるような晴天で、見渡すかぎり青い空が広がっていた。雲なんかひとつもない、冬というのに半袖でもいいような、そんな天気だった。
武司たちは、秋桜の手作り弁当を持って、ピクニックに訪れた。たまには外でのんびりしよう、という秋桜の提案で、その日の朝早急に決めた。だからお弁当の具は質素な物で、冷蔵庫にあった具になりそうな物を全部おにぎりにしただけ、という物だった。おにぎりは炊飯器にあったご飯でしか作れなくて、全部で5個しかなかった。
「はい、武司は4つ。で、あたしは1つ」
秋桜はそう言いながら、サランラップに包まれたおにぎりを4つ武司の前に置くと「さぁ、食べよう」と言った。
武司はその中でひとつだけ海苔が巻いてあるやつを取り上げると、しげしげと眺める。
「秋桜はひとつしかないじゃん。足りる?」
「大丈夫」秋桜は優しく微笑む。「武司は朝抜きでしょ?あたしなんか余ったおにぎりの具食べてたから、そんなに食べなくていいの。そんな遠慮すんなよ」
武司は秋桜の言葉に甘えて、手にしていたおにぎりを口に運ぶ。一口しか食べてないのに、中からたくさんの納豆が出てきた。口に入ってきたのは、ご飯より納豆の方が多いような気がする。
横から微かに笑い声が聞こえ秋桜を見ると、秋桜はにやりと笑って武司を見ていた。
「納豆臭いし」
「作ったのおまえだろ。俺だって臭いわ」
「失礼ね、武司は。それ作るの苦労したんだからね。ご飯が少ないからどうやって多く見せるかとか、かなり工夫したんだから。作ったあたしを讃えながら食べなきゃいけないのよ、本当はね」
「讃えながら?」
「そう讃えながら」
俺はふ〜ん、と呟きながら圧倒的に多い納豆のおにぎりを次々と口に収めていく。
「讃えてる?」
「讃えてる」
武司はそう言いながら、讃える、の意味を頭の中で探していた。すっかり度忘れしてしまった。
ふたつめの鮭おにぎりを食べおわる頃、すっかり手持ち無沙汰になった秋桜は、草を引きちぎりながらふと思い出したふうに消え入りそうな声で言った。
「昔ね、友達に詩っていうのかな、そういうのを作るのが好きだった友達がいたの」
武司の反応を待つように少しの間があいたが、武司は何を言えばいいのかがわからずに、ただ頷く。そんな武司を見もせずに、秋桜は黙々と草をちぎりつづけ、秋桜の目の前にはちぎられた草の残骸が積みあがっていた。
しばらくして秋桜が、小さく溜め息をついた。
「その子ね、あたしが高校3年の時に、首つって死んじゃったの。遺書も何にもなかったのにね、自殺だったらしいんだ」
やっぱりまた間があいて、武司は何を言っていいのかわからずに、ただ頷く。そして黙々とおにぎりを口に運び続けた。3つ目のおにぎりは中にからあげが入っていて、すごく食べづらかったけど、意外においしい。
秋桜はしばらく黙りこくっていたが、観念したのかまたぽつりぽつりと言葉を切りながら、話を話し始めた。
「でもね、あたしはその子の遺書を持ってたの。その子得意の詩、って形で。…今でも忘れられないの、その詩を。試験の問題用紙に何気なく書いただけなんだろうけどね、それはあたしから見たら大きな衝撃だったのよ。…空から降るは、いくつもの感情。傘をさしわすれ、自分を失う。私は、誰だろう。…どうしてそれを見せてもらった時に、気付かなかったんだろう。その子ね、それ書いた翌日に死んじゃったの。その子は助けてって言ってたのに、なんで気付かなかったんだろう」
武司は秋桜を横目でちらりと見る。秋桜は涙を流していた。
武司は涙を拭おうと手をのばし、そっと自分の足の上に手を置く。秋桜の涙を拭おうと思ったけれど、それはできなかった。
その涙は秋桜が受けるべき罰だ。その子の助けに気付かずに横流しして、助けてあげられなかった秋桜のうけるべき罰だ。秋桜はその罰を受け続けなければならない。それに自分は手助けはしていけないのだ。
武司は自分の手を、草を握り締める秋桜の手に重ねる。武司にはそれが精一杯の慰めだった。
武司はあどけない顔で眠る秋桜を見る。
あの時、自分はあの涙を拭うべきだったのかもしれない。そしたら秋桜は、その子と同じ道を辿らなかったかもしれない。方法は違えど、二人とも死を選んだのだ。それは同じ道のほかならない。
秋桜の同じ道を武司は辿らなければならない。その子にとってあの詩が遺書ならば、あの瞬間の秋桜の言葉はそれと同じ意味を持つに違いない。秋桜は自分のうけるべき罰を武司に託したのだ。自分は罰をうけなければならない。繰り返し繰り返し続く罰だとしても、秋桜やその子と同じ道を辿ることになってしまっても、罰は受け継がれていく。この罪を自分たち人間はうけなければならないのだ。
「空から降るは、いくつもの感情。傘をさしわすれ、自分を失う。私は誰だろう。」
武司の目の前に静かに横たわる秋桜がいた。






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