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サンタクロウス


この町には古くから親しまれた言い伝えがあった。
12月1日に「サンタさんへ」と書いた封筒を枕元置いて、欲しいモノを書いた紙と80円切手を同封すると、その年のクリスマスにその欲しいプレゼントをサンタさんが届けてくれる、というまぁなんとも子供騙しの話だ。
小さい頃、私はそれを確かに信じていた。
だってうさぎのぬいぐるみが欲しい、て書いた手紙と切手を封筒に入れただけで、翌朝にはその封筒がなくなってるし、クリスマスには確かに欲しかったうさぎのぬいぐるみが届いた。まだ幼稚園かそこらかだった小さい私は信じないわけがなかった。
あれは小学校2年の頃だったか、クラスの中心ともなる男の子と喧嘩をした。それもクラスを二分する勢いだったから、まだ新任だった担任はおろおろしていたというのを覚えている。
「絶対にいる」と私のチームの意見。
「絶対にいるわけがない」と男の子のチームの意見。
「朝起きたら手紙なくなってるからサンタさんはいるの!!」
「それは母さんたちが取ってるからなんだって。鍵閉めてんのにサンタが部屋に入ってこれるわけないじゃんか」
「サンタさんは魔法使いだから鍵あけちゃうんだよ、知らないの?」
「そんな魔法とか使えるわけないじゃんか」
「サンタさんは使えるの」
私たちは何時間も叫び暴れた後に、決着は12月2日だ、と決めた。
それはサンタがいるかいないか、という今考えると物凄くくだらなく馬鹿馬鹿しいことなんだけど、その時はお互いに真剣に、自分達のチームの意見が正しいと思い込んでいた。私はサンタがいる、男の子はいない。私は本当にサンタの存在を信じていた。

12月1日の夜、私達の意見はことごとく覆された。
私は最近学校全体で流行っていた「トランプが欲しい」と書くと、切手と一緒に封筒に入れて、枕元に置いて布団に入り込んだ。
眠らないように、と苦いホットコーヒーと同じく苦いお茶を一杯ずつ飲み干しておいた。新任の長谷川先生に眠らない方法は?と聞くと、この2つを教えてくれたのだ。おかげでなんとなく眠たくないような気がする。
私は布団の中で目をぎらぎらにして窓の外を眺める。星は数えられる程に少なく、今にも消えてしまいそうな光を放っていた。月は浮かんではいなかった。いつもと変わらない空で、この空をサンタはトナカイの引くソリでやってくるのだと思うと胸がわくわくと高鳴る。
サンタはいる。サンタは来る。サンタは魔法を使える。サンタは私を見て微笑む。サンタは私の欲しい物が書いてある紙が入った封筒を静かに持ち去る。サンタは窓から真っ暗な空へ飛び立って行く。サンタは24日に私のクリスマスプレゼントを持ってきてくれる。
私は部屋に人の気配を感じて目をあける。いつのまにか寝ていたらしく、点けていた部屋の光がいつのまにか消えていた。
私はゆっくりと首を動かし、人の気配を探す。確かにこの私の部屋には誰かがいる。だけどその人の姿は私には捉えることができなかった。
「サンタさん?」
私がそう呟くと、誰かが動きを止めた。
誰かは私の隣に立っている。顔まで確認することはできなかったが、確かに私のベッドの横に誰かが立っていた。
「サンタさん?」
返事を求めようと、もう一度呟くと、誰かはシーと息をたてて私の目の上に手を置いた。その手は皺皺だというのが伝わってきた。暖かい。
誰かは私の横にある封筒をとると、目の上に置いた手をするりと移動させて、頭を撫でるとポンと叩いて手を離した。その私を撫でる手からは優しさが伝わってきて、思わず私は目を細める。猫や犬が撫でられて目をとろんとさせる理由がわかるような気がした。
誰かは足音をたてないようにドアへ向かう。窓ではなくて、私が今まで何度も出入りするあのドアに。
ドアを開けると、廊下の電気が誰かを照らす。どこかで見たことあるような、でも見たことがないような、どこにでもいるような人が私を見て微笑んだ。
おばあさんは私を見て手を振るとドアを閉め、いなくなってしまった。手にはしっかりと私の封筒が握られていた。
次の日、私たちはお互いにサンタの話を持ち出すことはしなかった。
それはなぜたかわからないけど、男の子も私も、目を合わすことはなく、出来る限りお互いを避けた。
私は男の子に顔がたたなかった。昨日来たのはサンタではなく、ただのおばさんだった。あんなにサンタはいる!!とか言ったのに、昨日来たのはサンタじゃなかったから、それを責められるの以上に、あんたに言い張ったくせに違ったことが恥ずかしかった。でもお母さんでもなかった。私たちは二人とも違ったのだ。 数日後、学校帰りにお母さんに会った。小学校に通って以来、初めての出来事だった。
「お母さん!!」
重たそうな荷物を2つ持ったお母さんに、後ろから駆け寄る。お母さんは私を一瞥すると、優しく微笑んだ。
「あらら、今帰り?」
「うん!!お母さん、今日のおやつは?」
「あっ……買うの忘れちゃった」
すまなさそうに笑うお母さんに「もう、お腹空いたのに」と文句をたらす。
「許して?お母さんもなんだかんだ忙しいのよう」
「むぅ」
「家帰ったらホットケーキ焼くわよ」
「やった」
私は小さくガッツポーズをとると、お母さんの荷物をひとつ引っ張る。
「これ持つ」
「あらら、ありがと」
私の家は2階建てアパートの2階の一番端。
お母さんはポストを開けると、中からはがき2枚と茶封筒を取り出した。全部の手紙の表裏を見ると、お母さんはにやり、とおかしそうに笑った。
「今年はサンタさんに何が欲しいって書いたの?」
サンタさん、に私は一瞬息を止める。私はもうサンタさんはいないとわかってしまった。サンタさんじゃなくて、どっかのおばあさん。
「うん、秘密」
「何よう、そんなぁ。お母さんだっていつかはわかるんだからね、秘密じゃなくて教えてよねぇ、隠さないでさぁ」
「ダメ、秘密」
私がそう言うとお母さんは口をすぼめて「けちぃ」と言って、家の鍵を開けた。

12月24日の夜、私は眠ることができなかった。
また今日、あのおばあさんが来るのか。そう思うと緊張して眠れなくなってしまった。別にこれでもいいのかもしれない。またおばあさんが来たら来たらで面白い。今度は少しだけでも話をしてみよう。
おばあさんは夜中の1時過ぎに紙袋を下げて、やってきた。
「メリークリスマス」
おばあさんは私を見ると同時に、皺枯れた声でそう告げた。
私も躊躇いがちに「メリークリスマス」と返す。
おばあさんは優しく微笑むと、私のベッドの横に紙袋を置いた。
「それ、トランプ?」
「たぶんね」
「おばあさん!!」
「おばあさんじゃないよ」
「じゃぁ何?」
「サンタクロウスさ」
「サンタさん?」
「そう、サンタクロウス」おばあさんはそう言うと、はははと軽い笑い声をあげた。
「いつもは冴えない邪魔者ばあさんだけどね、1日と今日だけは子供の夢を叶えるサンタクロースさ。何だね、その目は」
おばあさんは私の顔を見ると、おかしそうに目を細めた。 「あたしがサンタクロウスなのが気に入らないのか?それとも腰が曲がったばあさんなのが気にいらないんか?あぁ、おまえさんも小ちゃい頃は可愛かったんに、もうこんなに成長しちまってね、悲しいわい。あたしも年とったんね。あっ、悪い悪い、長居はできないんだわ、次の子供が待っとるんでね、何、早く寝んと朝起きれなくて学校に遅刻するよ、さぁ、さっさと寝た寝た」
そう言うと、前に来たときと同じく私の頭を撫でた。
「サンタさん?」
「なんだよ、あたしゃ急いでるのよ」
そう言いながらも、おばあさんの声は楽しそうだった。
「ありがとう」
不意打ちだったのかおばあさんは、あっ、と声を漏らした後に「そりゃどうも」と言いながら照れたふうに笑って、部屋を出ていった。
私は不思議な感覚に捕われたまま、おばあさん、ことサンタさんが出ていったドアを眺めた。
そのドアは異世界に続くドアのように、妙な光を放っているように見えた。サンタさんも、異世界の人のように思える。白いぼんぼんがついた赤い三角の帽子と赤のコートを羽織った、ただのおばあさんなのに、まるでサンタの国からやってきたおばあさんとお喋りをしていたかのような、そんな錯覚を覚えていた。まるで一日の中で、そこだけが浮いてしまってるかのような。
私はそれから毎年、12月1日と12月24日は夜更かしして、おばあさんとのお喋りを楽しんだ。それは毎回毎回、やっぱり一日の中から浮いていた。その後は気持ち良く、幸せな気分で寝ることもできる。
そんなおばあさんが亡くなったことを、お母さん伝に聞いた。私が13歳、中学2年の冬だった。
おばあさんはその年の2月に癌で入院して、そのまま11月後半に息を引き取ったという。私が聞いた時にはすでにお通夜もお葬式も終えていた。
私は悲しいような気がしたのだけど、涙はこれっぽっちも出なかった。そんなにおばあさんと密接な関係だったわけではない。年に二度会うだけの、そして他愛ない話を5分ほど楽しむだけの、ちっぽけな関係だったのだ。涙はでなかった。けれど心に大きな穴があいたような気がした。
そんな私も今年でとうとう60歳を迎えた。サンタデビューの年だ。
とうとう私もそんな年になってしまったみたいだ。どうだ。私みたいな子供が起きて待っていた時に、誤魔化せられるように、サンタの格好でもして行こうか。


あきゅろす。
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