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教室の中


私の教室は五階にあって、学校の周りは低い建物ばかりだからとても見晴らしが良い。富士山もよく見えるし、近くにあるお寺を見渡すこともできる。
あたしはよく窓に腰掛けて、人のいなくなった教室からその景色を眺めていた。
ブラスバンドの楽器の音や部活中の掛け声などが心地よく、それがとても大好きだった。
冬のある日、友達の亀井が窓に腰をかけて座っていた。窓の外側には幅30、40センチの平たい足場があり、そこに亀井は足を乗せていた。
その様子から一年の頃、亀井がよくそこに腰掛けて外を眺めていたのを思い出した。足をぶらぶらさせて、下の道路を走る車や歩く人を罵倒したりして、彼女はよく笑っていた。たまに紙飛行機を投げたり、テストを丸めて捨てたり、大きな声で歌ったり。そんな亀井に憧れて、あたしはあそこに座り始めたのだ。
でも一年のときはまだ二階にあったから、そんなに恐くはなかった。だからか二年で四階になってから、亀井は全くやらなくなったのだ。
あたしは亀井に声を掛けることもしないで、ドアに手を置いたまま、彼女を見つめていた。
「アスカ」
亀井はあたしに気付いたらしく、にこりと笑った。
「久しぶりにやったらこれ恐いね。アスカよくできるね」
そう言いながら亀井は足場に立ち上がると窓に手を置いて何度もジャンプした。
「ねぇ、みんなはいつ戻ってくるの?」
あたしは廊下に目を走らせると「もう来るんじゃない」と言った。姿は見えないが、廊下の向こうからみんなの笑い声が聞こえる。
「そっか」
「亀井、」
「なぁに?」
「楽しい?」
「めっちゃ楽しい」
移動教室からみんなが教室に入ってきた瞬間、亀井は「みんな見てぇ」と手を大きく広げた。
「わたし飛べるんだよ」
教室を見て満面の笑みを浮かべると、外に向きかえり、また数回ジャンプする。
「ねぇ亀井やめなよ」
「危ないよ?」
そんなクラスメートの忠告は亀井の耳に届いてないように見えた。
亀井はふと空を見上げた。そして亀井の姿が消えた。
一瞬、教室を静寂が包み、爆発したかのように悲鳴がこだました。
あたしは教室を飛び出し、転がるように階段をかけおりていった。背中から騒ぎ声が追い掛けてくる。
胸騒ぎがする。だけど頭を過ぎるのは、楽しそうに彼女が飛び降りた瞬間の姿だった。嬉しそうに、遊びの延長で飛び降りたような、飛べると信じて飛び降りた亀井の姿は目に焼き付いて、あたしを魅了していた。
校門から飛び出した先には、通行人や警備員など、彼女を囲む人たちがいた。その人たちの足の隙間から赤い血と亀井の指が見える。
あたしはその輪の中心に進み、おかしな方向に曲がった足と生き物のように動く血を、舐めるように眺めた。
あたしの口から笑みが零れる。
――気持ちよかった?空を飛んでどうだった?
"最高"
そう言った亀井の声が聞こえた気がした。
あたしの胸がドキドキしている。飛び降りた時の亀井の髪のなびき、楽しそうな姿、あたしも空を飛びたい。自分もしてみたかった。あの美しい姿をみんなにも見せたかった。
脳裏に彼女の後ろ姿が焼き付いたまま離れない。






あきゅろす。
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