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冷たい手


眠くなったの。
充緒さんは言った。そしてひどく疲れ切った顔で、溜め息をついたのだった。
まだ夕方ですよ。
あたしは充緒さんの顔を覗き込むように言った。あまりにも充緒さんが元気がなさ気で、あたしの胸には不安が込み上がる。
充緒さんはふふふと力無く笑うともうそんな時間と息をついた。
もういいわ。とにかく眠ってしまいたいのよ。
あたしははっと顔を上げる。不安は的中みたいだった。充緒さんは疲れてしまったみたいだ。
充緒さん、本当にそれでいいのですか。寝るとは寝るのじゃなくて、寝るという意味ですよね。だったらもう少しよく考えてください。あなたがいなくなったらあたしは寂しいです。
あら、あなたのことは考えてなかったわ、ごめんなさい。でももう決めたことなの。眠ると決めたから、誰がなんと言ってももう眠るの。許してちょうだい。
充緒さんの声は小さくて、あたしは耳を澄ませていないと聞こえないくらいだった。
あたしは充緒さんのしわしわになった手を取るともう決めてしまったことなのですねと肩を落とした。
ごめんなさいと充緒さんは呟いた。でもあなたとの日々はとても楽しかったわ。まるでわたしも若い頃に戻ったみたいだったわ。
充緒さんは充分若々しくおられましたよ。
ええとてもとても楽しかったわ、ひとりじゃなくなってから楽しくてよかったわ。
そうですか、変なお話しかできませんでしたけど喜んでもらえて光栄です。
充緒さんの手は冷たくて、あたしの手も冷たいから、手が温かかったあの頃が懐かしく思えた。
ねぇ充緒さん、最後にお話聞いてくれますか?
ええどうぞ。
そう言って充緒さんは微笑みかけてくれた。あたしも微笑みかけると、充緒さんは嬉しそうにした。
充緒さんはね、あたしのおばあちゃんにとても似てるんです。あたしよりもずっとずっと昔に亡くなったらしくて、あまり覚えてないんですけどね、あたしの中に残ってるおばあちゃんの雰囲気と充緒さんの雰囲気がとても似ているんですよ。なんだかおばあちゃんと一緒にいるみたいで、とても嬉しかったです。
そうかしら。
そうですよ。確かおばあちゃんの名前もミツオって…
あたしは息を飲んで、充緒さんの顔を見た。
なんで今まで気付かなかったんですかね。充緒さんはおばあちゃんだったなんて。いやだ、どうしよう。
あらわたしはわかっていたわよ、はじめから。
やだ、なんで言ってくれなかったんですか、充緒さん。
わざわざ教えるあなたに必要はないと思ったからよ。ねぇ。
もう充緒さんてば。
大きくなった孫と一緒にいられたのだから、わたしももう思い起こすことなんてないの。わたしはもう満足よ。だからかしら、もう疲れてしまったのよ。
おばあちゃん…
あたしがそう言うと、充緒さんはふうと息をついて微笑んだらそのまま消えてしまった。




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