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knife


一歩を踏み出す度に「おぇ」と紀一は血を吐いた。
自分で自分を傷つけていたくせに、いざ傷つくと苦しさに顔を歪ませて僕に助けを求めている。情けない姿で、僕は思わず罵倒しそうになり、言葉を飲み込んだ。
「この意気地なしが、そんな姿を見せられた僕の身にもなれ、血を垂れ流して半分意識もない気持ち悪い顔を見せられた僕が可哀相だと思わないのか? その血だらけは自業自得だろう、今更助けを求めてなんになるんだよ、ああ? 汚い」
紀一は僕の飲み込んだ言葉を察したのか、絶望的な顔でその場にひざまづいて、激しく咳込んだ。血が飛び散る。血の海。僕の足も黒い血で染まった。
紀一は顔を血だらけにさせて僕を見上げた。
「紀一、助けて欲しいのか?」
紀一の息づかいが激しくなっていた。喉の奥がごぼごぼ言っているのが聞いてとれた。
その瞬間再び血を撒き散らし、「ああ」と言葉にならない声を発生していた。
紀一の着ていた白いTシャツも真っ赤に染まっていて、面影などどこにもなかった。まるで最初からその色だったかのように。
僕は知っていた。彼の腕が切り傷でいっぱいだったのを。ケロイドになった切り傷や血がでなくなったけどぱっくりふたつに割れた皮膚とか、引っ掻いた痕とか、紀一は僕が知っていることは知らないだろうけど。
どうしてあんだけ切っておいて、自分の口から吐き出した血に恐怖するんだ。どうして今更助けてなど嘆いているのか、僕には全くわからなかった。あれだけの傷をつけたんだ、血など見慣れているに違いない。切っていたはずなのに、どうしてそんなに怯えているのだ、僕にはさっぱりわからない。理解できない。
「死にたくないのか?」
紀一は僕の目をまっすぐに見たまま、首を力無く左右に振った。唇の端から液体が一筋垂れる。
「助けて」
紀一は確かにそう言った。確かにそう言った。僕の耳にはそう聞こえた、間違いなく。
「助けてほしいのか?」
「あ」
紀一の顔に力が無くなってきた。目が虚ろで震えていて、息が弱々しく乱れていた。血も段々と量が減っている。彼が這いつくばってきた距離は真っ赤な液体が広がっている。僕はそれと紀一を見てナメクジを連想させた。
紀一はとうとう力失せたのか、大量の血を吐き出した後に顔を床に押し付けて、大きく肩で息をする。もう最後は近いな、と僕は手を合わせた。
なぁ紀一、僕は苦しむ紀一に投げ掛ける。
「死にたかったんだろう? だから僕がその役目をかってでたんだよ。君を死なせてあげようとしたんだ、嬉しいだろ、やっと死ねるんだ。自分の腕とか手首とか、もう切らなくていいんだ、血ももう見なくていい。やっと楽になれるんだ、僕は良いことをしたと思わないかい? ほら、苦しいのが嫌か? さっさと死にたいか? 僕が最期を見届けてやるよ。最後だ、これが最後だ、君はこれを望んでいたんだろう」
僕は手にしていた包丁を紀一の背中に突き立てる。紀一の息を飲む音が聞こえた。




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