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僕が窓を開けると、風が教室に飛び込んできて、僕を擦り抜けて行く。冷たい空気が、心地よい。
目を細めて校庭を見下ろすと、彼女の姿を探した。ついさっき2人の友達と騒ぎながら教室を出ていったばかりだから、まだ階段を下ってるところか。もしくはもう靴を履きかえているのか。
しばらくすると彼女は友達2人と校庭に出てきて、校庭を横切って校門へ向かって歩いていく。長い髪をなびかせて、彼女の笑い声が耳に届く。少し高めの弾むような声が、僕は好きだ。楽しげで、色に表すと、オレンジみたいな。
彼女の動きを目で追っていると、彼女が不意に僕の方を見上げた。そしてにっこり笑うと、大きく左右に手を振る。
僕は、彼女が僕に手を振っているのかわからなくて戸惑い、手を上げかけてやめた。もし違ったら恥ずかしい。すると隣にいた友達が彼女に気付き、僕の方を見上げた。
「斎藤く〜ん」
2人の子たちもそう叫んで僕の名前を呼び、それで彼女が僕に向かって手を振っていたのだと気付いて、嬉しさを隠しながら手を振り返した。彼女達は「きゃぁ」と黄色い声をあげながら、バイバイと大きく叫び、お互いを小突きあいながら、門へ歩きだした。
女の子のパワーはすごい。いつも僕は圧倒されっぱなしだ。
校門を抜けた彼女達の声が聞こえなくなると、教室に静けさがやけに強調される。さっきまでの慌ただしい空気は、どこにも残っていない。
窓を閉めると自分の席について、僕の2つ前にある、彼女の席を見つめた。
もうすぐ彼女とお別れになってしまう。彼女だけでなく、クラスのみんな、学年のみんなと。長いと思っていた中学3年間も、過ぎてしまえば短かった。もうすぐ卒業で、それぞれ違う学校に行くから会えなくなってしまう。
切ない僕の片想いも、卒業を迎える。
彼女はきっと知らないだろう。朝の弱い僕が、最近頑張って彼女と同じ時間帯で学校に通っているなんて。偶然を装って、あの道で待っていたことも。僕のカバンの中に、いつあげようか迷っている間に渡しそびれた誕生日プレゼントが入っていることも、卒業文集の寄せ書きに彼女の隣を選んで、ドキドキしながら書いたことも。
彼女はきっと気付いてないだろうし、何も気に留めもしないだろう。それだけのことだろうから。
そこに僕の想いがあるなんて気付きはしないし、彼女が気付かないことに僕はほっとしている。彼女への想いは、言葉にはできないから。『好き』の一言では言い表わせられない。
彼女の視線が、僕ではない人に向かっているのはわかっている。気が付いたら彼女の視線を追って、奴の存在に気付いてしまった。
僕はあぁ、と納得してしまって、そんな自分が情けなかった。彼女の奴を見る目は完璧に恋するなんたらってもので、僕は適わないなぁと何度も思ったのだ。
僕は奴が好きな彼女を、やっぱり好きだった。
何度も何度も、奴よりも僕のほうが君を幸せに出来るのにな、と切なくなって、彼女に想いを伝えられない自分に自己嫌悪。
叶わない恋ならいっそのこと、違うクラスならよかったのに。彼女の姿を見る度に嬉しさと切なさの混沌した想いが苦しい。
「斎藤帰ろうぜ」
「おう」
友達に呼ばれて席を立ち、教室を後にする。
教室の中に彼女はいないはずなのに、彼女の面影に後ろ髪を引かれる思いで、離れがたい。
「なぁ、お前好きなやつとかいんの?」
そう僕が言うと、奴は目を丸くして僕を見た。
「は?なんだし、急に。さてはお前、好きなやついるとか?」
「まぁな」
ふぅん、と彼女が想いを寄せる奴は、僕をにやりと笑って見る。
「なんだよ」
「お前がなぁ、好きなやついんだ」
「悪いか」
「そんなこと言ってねぇだろ」
「だからお前はどうなんだよ」
「俺?俺は3組の五十嵐さん。お前は?」
「うむ…」
「うむ、じゃわかんないだろ」
僕は笑いが止まらない。嬉しいけれど、でも悲しい。複雑で、でもやっぱり嬉しい。
そうだ、せめて教室のどこかに、君の名前を残そう。僕の名前と一緒に、君の名前を。僕が恥ずかしくて1回も呼べなかった、君の名前を。
卒業式はもうすぐだ。




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