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再会

夢を見た。
それは記憶も朧気な、とても幼い頃の夢だった。
小学校に上がってすぐの頃だったと思う。僕は政治家である父に連れられて一度だけ偉い人達の集まりに出掛けた事があった。
着いて早々から始まる大人達の長い挨拶に退屈し始めた時、父がそっと僕に引き合わせたのは、自分とそう歳の変わらない少年だった。
父に背を押され「小野妹子です」と挨拶をすると、その少年は右手を差し出しながら「聖徳太子です。よろしく」と笑った。
綺麗に笑ってみせるその表情は、先程まで父と挨拶を交わしていた大人達のそれと変わらず、子供心に「大人みたいな子だ」と、当時それは深く印象に残ったものだった。
しかし、今となっては遠い彼方の記憶となり夢を見るまではすっかり忘れてしまっていた。
色褪せた古い記憶の残滓は自分の立ち位置をあやふやなものにしたようで、目覚めた時目にした見覚えのない天井に僕は少々混乱した。
つまり、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなったのだ。
ぼやけた思考を無理矢理覚醒させ、ここが昨日入寮したばかりの全寮制男子校の寮の一室である事を思い出す。
普段は寝ぼける事など殆どないのだが、夢見のせいだろう。突然こんな昔の夢を見たのも、きっと入寮前に言われた父の言葉のせいだ。
「妹子が行く学園には太子君が居るよ」
その時には彼の事等殆ど思い出せなかったのだが、案外覚えていたらしい。
軽く頭を振って眠気を払い、緩慢な動作でカーテンを開けると、同室の鬼男が既に起き出していた。
「お早う。よく眠れた?」
人懐っこい笑みを浮かべる彼に、先程の自分を思い浮かべ苦笑を返す。
「おはよ。爆睡し過ぎて起きた時一瞬ここが何処かわからなかったくらいだよ」
「あるある。授業中に居眠りした時とか、なんで授業やってんの?って思うよな」
一端言葉を切った彼はゆっくりと部屋を見渡してから言う。
「これからここで3年間暮らすんだよな。なんか不思議な感じ」
「野郎ばっかりひしめき合ってね」
僕がそう付け加えると、鬼男も「せめて近くに女子校でもあれば良いのにな」と顔をしかめてみせた。
「でもさ、僕一人っ子だったから二段ベッドにはテンション上がった」
そう続ける鬼男に昨夜のやり取りを思い出して笑う。
「あー、鬼男君絶対に上が良いって言ってたもんな」
「鬼男で良いよ。僕も妹子って呼ぶから。これから3年間一緒なのに堅っ苦しいのはなしにしようぜ。…でさ、二段ベッドの上は浪漫だろ?小学生の時に松葉杖に憧れるようなもんだよ」
わかる様なわからない様な例えに、また僕はくすりと笑いながら掛けてある制服に手を伸ばす。
「了解。でも鬼男、二段ベッドはやっぱ下だろ?カーテンひいたら秘密基地みたいで何か良いじゃん。ドラえもんの押し入れに布団みたいな感じでさ」
僕がしたり顔でそう言うと「その手もあったか…」と鬼男は何やら小難しい顔で呟いた。
どうやら同室の友人は変に生真面目な性格らしい。
面白い奴と同室になったなと、幸先良い出だしに僕は機嫌良くネクタイを締める。
と、突然勢い良く部屋のドアが開けられた。
「2人とも起きてる?」
ひょっこりと顔を覗かせたのは隣室の閻魔先輩だ。
「お早うございます」
僕が軽く会釈すると、鬼男は軽く顔をしかめて言った。
「むしろアンタがちゃんと起きて来た事に驚きだよ」
「相変わらず辛辣だな。これでも俺は先輩なんだよ!?もっと礼儀正しくしてよ!妹子君みたいにさ!」
力関係が一目瞭然な2人は昔からの知り合いらしく、閻魔先輩の主張も虚しく昨日の入寮時の時点で先輩後輩の上下関係というものは崩れ去っている。
「敬うべき行いをしてくれたらいくらでも敬ってあげますよ。で、何なんですか?」
「いや、入学式って言っても結構2年も3年も駆り出されるからさ、多分そろそろ食堂混み始めるし、早く行った方が良いんじゃないかと思って誘いに寄ったんだけど…」
「そういう事は早く言えよ。ほら行きますよ大王イカ。妹子も行こうぜ」
「うん」
2人のやり取りを見守りながら鬼男に続いて部屋を出ると、閻魔先輩がわざとらしく泣き真似をしながら隣りを歩く。
「ねえ妹子君、今のは絶対鬼男君が理不尽だよね。せっかく教えてあげたのに…」
「…はあ」
どう返して良いかわからず曖昧に笑っていると、先陣を切っていた鬼男が振り返る。
「大王!妹子を懐柔しようとするのはやめて下さい」
「だって、味方が欲しいんだもん」
「だもんとか言うな!気持ち悪い!」
「せめてキモいって言えよ!…気持ち悪いってなんか本気みたいで結構傷付く」
「はいはいキモいキモい」
「そんなにキモいキモい言うなよー」
「じゃあどうしろって言うんですか!?」
喧嘩と言うよりもはや漫才だ。幼なじみと言える様な相手がいない僕は、何だかんだと言いながら仲が良いらしい2人を少し羨ましく思いながら眺めていた。
そうして暫くは黙っていたのだが、ふと疑問が湧いたので口を挟んでみる。
「そう言えば、なんで大王なんだ?」
「閻魔だから閻魔大王。で、大王だから大王イカ。妹子もイカ野郎って呼んで良いよ」
「いやいや、イカ野郎って」
もはや閻魔どころか大王の原型すら留めていない。
閻魔先輩も「鬼男君こそ妹子君に変な事吹き込むの止めてよ!」などと半泣きで主張している。
「いや、呼びませんからね。閻魔先輩」
僕がそう返すと、閻魔先輩は「先輩」という響きに何やら悦り始めていた。
若干面倒臭そうだが面白そうな先輩だ。
そうこうしている内に食堂にたどり着くと、そこは既に程良く混雑していた。
自分の分の盆を受け取ると、閻魔先輩が3人分の席を確保して手を振っている。
意外と面倒見が良いらしい。というか、面倒を見たくて仕様がないといった風情が感じられて、先輩ながらも何だか微笑ましく思ってしまう。
そうして席に着き、塩鮭をつつきながら、そう言えば…と少々気に掛かっていた疑問を口にしてみた。
「閻魔先輩の同室の人って今日も居ないんですか?」
閻魔先輩は味噌汁をすすると軽く頷く。
「あいつ生徒会役員だからさ、今日も朝早くに出て行っちゃったよ」
「どんな人なんですか?」
なんとなく話題の延長で聞いてみると、閻魔先輩は待ってましたとばかりにずずいと身を乗り出して言った。
「学校一頭が良い学校一の馬鹿。お祭り騒ぎが大好きで、とにかく目茶苦茶なヤツだよ」
「…何だか凄そうな人ですね」
閻魔先輩が目茶苦茶な奴と言うからには、相当とんでもない人物なのだろう。
しかも、学生生活を目一杯満喫していそうだ。
しかし鬼男は柴漬けを摘みながら冷たい視線を閻魔先輩に向ける。
「どんな人かは知りませんが、その先輩も大王にだけは目茶苦茶なヤツなんて言われたくないと思いますよ」
「鬼男君やっぱり酷い。…本当に凄く変なヤツなんだよ?良くも悪くもうちの学園の名物男だから」
そう言って閻魔先輩が縋る様な視線を送って来るのを目の端に留めながら、僕はふと彼―聖徳太子の事を思い出していた。
あの大人の様に微笑う少年はそのまま成長したのだろうか。だとしたら、彼にとって高校生活は酷くつまらないものなのかもしれない。
僕は父の緩い教育方針のお陰もあって、それなりに馬鹿もやりながら中学生活を送って来れた。けれど、大人達に囲まれて大人の様に育った彼は、このやたらと変わり者の多そうな学園ではあまり馴染めていないのかもしれない。
彼とは住む世界が違う。
というのが幼い僕の抱いた印象だ。
ならば、きっとあまり関わり合う事もないだろう。
鬼男と閻魔先輩のやり取りをぼんやり眺めながら、僕はそんな事を考えていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



食事を終え、一端解散した僕達は身支度を整えると、学校に向かう。
寮はほぼ隣接と言っても良い距離にあるので学園は目と鼻の先だ。
「で、なんでアンタまでついて来るんですか?」
鬼男が筆箱しか入っていない学生鞄で閻魔先輩を小突くと、閻魔先輩はへらりと笑いながら鞄をかわし言った。
「同室のヤツを冷やかしついでに手伝ってやろうと思ってさ。校門で新入生の花飾り配ってるって言ってたから」
「…ならもっと早くに出れば良かったのに」
「なんだよ!鬼男君は俺の顔見たくなかったって言うの!?」
「これから毎日眺める顔に有り難みなんかないですよ」
今日でもう何度目かになる応酬を聞くともなしに聞いている内にもう校門が見えてくる。
すると、入り口に居た先輩であろう生徒が校門のど真ん中で叫びだした。
「おーのーのーいーもーこぉぉぉっっ!!!!」
正直、意味が分からない。
鬼男もちょっと引き気味に尋ねて来る。
「…知り合いか?」
あまりに突然の出来事に言葉も出ない僕は、ただただ黙って首を振るだけだった。
すると、件の先輩は口にメガホンを当てると「待ってたぞおおぉっ!!いぃぃむおぉぉこぉぉぉっっっ!!!!」と更に追い討ちを掛けて来る。複数の視線が突き刺さるのを感じ、僕は居たたまれない思いに顔を上げる事すら出来ない。
入学式早々この仕打ちは何だ?
なんでメガホン?
しかも叫び過ぎて音が割れてしまっていて、逆に聞き取り辛い。
脳内で冷静に突っ込みを入れてしまうのはきっと現実逃避だろう。
穴があったら入りたい。ないのなら今すぐ掘って埋まりたい。誰か今ここで僕を生き埋めにしてくれないだろうか。
耐え難い羞恥心に、今すぐあいつを黙らせようと決心しかけた時、閻魔先輩がぽつりと言った。
「あれが俺の同室のヤツなんだけど、妹子君知り合いだったの?」
すると、閻魔先輩は僕の返答も待たずに負けじと叫び返しながら駆け出した。
「太子いぃぃ!妹子君と知り合いなのおおぉっ?」
その瞬間、太子と呼ばれた先輩に夢の中の少年の面影が重なった。
「…嘘だろ」
信じられない現実に思わずこぼれた言葉は、彼によってすぐに否定される。
「子供の頃に一回だけ会ってる!!お世話になってる人の息子さんなんだ!!」
制服の上に真っ青なジャージをなびかせた彼―太子先輩は幼い頃の面影の残る顔で、幼い頃に見た笑顔とは全く違う満面の笑みで言い放った。
僕は軽く頭痛を覚えながらも、想像とは違い学生生活を満喫しまくっていそうな彼に少しだけホッとしていたりなんかして。
でもその前に一つ。
いつまでもメガホン越しに喋るの止めてくれませんかね。
本当に居たたまれないんで。







ずっっっと書きたかった学パロです。
青春物って良いですよね。
次は細道組も書きたいです。
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