「なんだこれ」


莫迦らしい話


「好意の度合いをマヨネーズに換算したら、"結婚しよう"はマヨネーズ何本分だ…?」
「なにそれ本当にお前の思考回路気持ち悪いんだけど」

向かいのソファーに寝転びながらあからさまに、心底引きました、と言う目でこちらを見てくる男は本当に腹立だしい。
この通り理解し難い憎まれ口は叩くし、だらし無いし、甲斐性はないし、味覚障害だし、天パだし。族に言うマダオの代表格であることは間違いない。どうしようもない野郎だ。

改まってそこまで考えたところで、自分の状況に居心地の悪さを感じてまだ少し残っている煙草を揉み消した。

「何が気持ち悪ィってんだ。喧嘩売ってんのか」
「いや気持ち悪ィだろ。常人にその発想はねェ。貰ったとしても相手からしたら悪意の塊だからねそれ」
「うるせぇ!いいから答えろ!」
「しらねーよ!100本くらいでいいんじゃねーの!?最早殺意だけどな!!」

そのどうしようもない相手とこうして言葉を交わしている此処は万事屋の応接間。依頼ではない。従業員の子供達もいない。いつからか自然に敷居を跨ぐようになった。テーブルの上に置いてある灰皿は喫煙する客が来た時用の物らしいが、普段仕舞ってあるそれも戸棚から勝手に持って来れるようになってしまった。

友人、というわけではない。会えば必ずセックスをする。だがセフレとも少し違う。よくこうして何とはなしに会話をしたり、酒を飲んだり、何もせずに寛いでいたりする。空気を共にして、互いに好意を持っていることは分かる。

……恋人、というものが一番近いのだと思う。

勿論将来の約束なんてある筈もないし、それどころかお互い睦言の一つも言ったことがない。だから、確証はない。本当は、互いに好意を持っているなんていうのは勘違いで、相手にとっては簡単に切れる都合の良い存在なのかもしれない。けど、それでいいと思っているのだ。
自分と相手の間で甘い睦言や雰囲気なんて、考えただけで鳥肌が立つ。正直御免だ。それに、言葉という形にしてしまえば無意識にも縛りが出来る。自分にも相手にもこの関係よりも大切なものがある。その大切なものを優先するときに、万一にでも、少しでも、この関係が足枷になってはならない。だから、いざとなれば、お互いなんのことはなかったのだとそう言って切り離せるこの関係がいいと思っている。

というのに。

自分が今この会話の続きを思い浮かべて薄らと携える緊張はなんだというのか。

なんだってんだ、と溢した相手に、気にも留めてないふりをして新しい煙草に火を点ける。ゆっくりと吸って吐き出せば少し落ち着くような気がしなくもない。

「見合いを組まれてな」

ちょうど一週間後だったかな、などと、吐き出した煙が目の前を覆うのに合わせてなんでもないことのように言った。煙が晴れた先の相手は、一度パチリと瞬きをして少し驚いたような目を向けてきた。それが他の大多数のように予期せぬことを告げられたことから来るものなのか、また別のものを孕んでいるのかは窺い知れなかった。

「へえ、やっぱそういうのってあるんだな。美人?」

返された言葉は、特に普段の会話での範疇を越えないと言うかの様に、少し面白がるようなしかし相変わらずあまり抑揚のない音をしていた。

「写真を見る限りはな。いかにも良家の娘さんって感じの。実際どうかは知らねぇが」
「ああ、女の写真は詐欺みてぇなもんだからな」

あくまでもいつもと変わらず、勿論引き止めるような事もない。敏い男であるから、この短い会話の中で無下に断れないお家の女だということは悟っただろう。そのため、いや、そのためというのは勘違いで実際は関係ないのかもしれないが、目の前の相手はあくまでもいつも通りで、引き止めるような事は、ない。
これが自分がいいと思った関係で、対応であった。互いに足を引っ張ることも、引っ張られることもない。自分も何食わぬ顔をしているのだから。

抜けた緊張は、相手が予定調和な対応をしてくれたことによる安堵からか、それとも別の脱力感か。

――何も言わずに出向くのはさすがに後味が悪いと思っただけだ。

無意識の内に自身に言い聞かせる様に脳内でゆっくりと響いた言葉に、チッ、とひとつ舌を弾く。すると、それに被さるように、あ、と溢した相手が続け様に驚いたように口を開けた。

「もしかしてお前、さっきの好意とマヨネーズがうんたらってのは…」
「当日の贈り物にするつもりだが」
「やめろお前!それは殺意しか生まねぇから!」
「どういう意味だコルァ!!!」

結局そのまま言い合いになって、胸の内にかかっていた靄も、喧騒と同時に急速に視界から消えた煙草の煙と同じく見えなくなった。








そんなことを思ってそんなやり取りをしたのが、一週間と一日前。昼間に連絡を入れ、夜が更けてから訪ねると、常と変わらぬ怠そうな目で迎え入れられた。
「よォ」とだけ言った坂田は、長くもない廊下の一歩前を歩く。
昨日がちょうどあの一週間後だったことを忘れてるわけではないだろうが、触れることもしない。
きっとこうしてこのまま、いつも通り少し寛いで、話をして、セックスをして、いい関係が続いて行くのだ。

「なにそれ」

ふいに坂田が俺の手元に視線を寄越した。それ、とは屯所から持って来たぱんぱんのビニール袋のことだろう。

「昨日先方に差し上げようと思って渡したんだが、普段使ってるメーカーと違うとかで返された。祖母が厳しいから、と」

因みに見合いについては今日断りの電話が来た、と告げながら袋から赤いキャップを出すと、坂田はヒクリと口元を歪めた。

「まさかお前マジでマヨネーズ100本やったのか。お前それ明らかに迷惑がられてるだろ!!分かりやすく拒絶されてるだろ!!だから嫌がられるから止めとけって言ったろーが!!」
「……知ってる」

小さく呟いた言葉は案の定坂田には届かなかったようで、聞き返すように僅かに眉を寄せられた。
理解し難い事であるが、自分と他人ではマヨに対する思い入れが違うことは分かっている。一週間と一日前に反応の確認は取った。

――此方が断れないなら、あちらから断らせればいい。

勿論そんなことを言うつもりはないから、坂田の怪訝な目は無視する。

「うるせーな。流石に台所の戸棚に入り切らなかったんだ。少し此処に置かせろ」
「あ、ちょ、」

無遠慮に真っ直ぐ台所に向かうと珍しくも少し動揺した声が届いた。

「なんだこれ」

特段気にもせず開けた戸棚の中には、マヨネーズが3つ並んでいた。しかも、業務用。
一瞬、一週間と一日前の会話が頭を過ぎる。だがそんなことは在る筈がないし、数もそのときのそれには程遠い。
この存在の意味が計りきれず後ろを見遣ると、坂田はそっぽを向いて首の後ろをパリパリと掻いていた。

「…一昨日3ヶ月ぶりくらいに割の良い依頼があってよぉ、家賃とか生活費の分引いても余裕があったもんだから調味料買い足しとこうと思ったらちょっと買い過ぎちゃったみたいな?たまたま安かったんだよ、うん」

ケチャップの買い置きが切れたままだぞ、とか、業務用なんて普段買わねぇだろ、なんてことは言わないでおいてやる。一気に言い切った坂田は隠しきれない悔しさを顔に浮かべていた。

つまりは何か?

戸棚に視線を戻すと、きれいに並んだマヨネーズが先程よりもはっきりと存在を主張している気がした。

――つまりは、この男は、足枷にならないように、引き止めるなんて事は勿論少しでもいつもと違う態度を見せる事もしないで、ただ待っていたとでも言うのか。恐らくこうして俺が戻ってきても見せるつもりなど無かったであろう、"3ヶ月分"とも取れる"マヨネーズ"を隠して。

ちらりと其方に目を向けると、視線を感じ取ったのか眉根を寄せてばつが悪そうに台所から出て行ってしまった。

「くくっ、」

本当に馬鹿な男だ。

いや、馬鹿なのは、いいと思っていた関係に歪みが出るかも知れないこの状況で口元が緩むのが止められない、俺か。

「俺の給料3ヶ月分でケーキなんぞ買ったらどれくらいになるだろうなぁ」

まず、いつもの応接間に行ってお互いの為に真意気づかなかったふりから始めようか。
少しだけ色を変えた、良い関係、を続ける為に。






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