俺は、腹が立っていた。


ジュウジュウと鳴るフライパン。卵とご飯を乱暴にかき混ぜる。

ガタ、ガタガタ、ガタ。
本当はこんな音を立てるほど混ぜなくても、ヘラで多少こするように炒めればいいだけだということを、俺は知っている。知っているが、ここはあえて。あえて憎しみを込めるように、乱暴にフライパンを揺らしてみる。



時刻は夜の10時。
ひとりぼっちの1DK。
ひとりぼっちのクッキングタイム。


確かに、それはたった三ヶ月前までは、当たり前のように繰り返されてきたことだけど。





フライパンを揺らす手を止める。
今日のチャーハンは。
めんどくせーから、具は卵だけにしとく。
黙っていれば、ジュウジュウとひたすらに火に炙られるチャーハン。
いっそ焦がしてやろうか。
と思ったが、習慣づいた手は利口に火を止める。


換気扇のスイッチを切ると。
とたんに静まりかえる部屋の中。
チャーハンの香ばしい匂いは垂れ流し。
食べるのは、俺じゃない。
……いや。俺でなければ良いと思う。




たしかに。

たしかにちょっと前までは、当たり前にこうやって、ひとりぼっちの時間を過ごしていたけれど 。




「……早く帰って来いよ、バカ。」





──俺は、贅沢なことを考えているんだろうか。


















12月の末。
大学生になって、一人暮らしを始めてから三度目に迎える冬。


こたつの中で胡座をかいて。
頬っぺたをテーブルにのせたままテレビを見る。
年末だから、特番ばっかり。気がつけばお笑い芸人のコント番組が流れてる。

どいつもこいつもヘラヘラ笑いやがって。

ピ。
チャンネルを替える。
今度はいきなり、外国人の男と女のベッドシーン。
……はえぇよ。いい子だってまだ起きてる時間だぞ。


ムカついたから、ピ、ピピピピピと素早くチャンネルを切り替えて、むさくるしいプロレス番組を見ることにした。
ムチムチガチガチでそらぁもう男の汗煮えたぎる画面だけど、
うん、まだこっちの方がマシ。




ゴロリ。と、テーブル上に頭を転がす。

目の前には、ラップに包まれたチャーハンの皿。
今はまだ出来立てで、ラップは白く曇っているけど。
これがどんどん水滴に変わって、やがて乾いて消えていく前に、
果たしてあいつは、これを腹ん中に収めてくれるんだろーか。


「……はー。」


小さくため息をつく。
頬っぺたに当たるテーブルの冷たさと、腰から下にかかるこたつ布団の暖かさがちょうど良くて心地よくて、ああ、もうこのまま寝てしまおうか。そう思った。

……30分だけ。
そう決めて、ゆっくりと瞼を閉じる。

どうせ、寝過ごすことは無いだろう。
アイツが帰ってきたら、俺はすぐ目が覚める。


今となっては。
ほとんどもう、条件反射みてぇなもんだ。

アイツが帰ってきたときのことを想像して、俺はひとり切なくなる。



くそ。
なんで俺ばっかり。



ふつふつと、また込み上げてくる怒りを、冷たいテーブルに押し付けて我慢した。

もしかしたら、もしかしたら今日は、昨日とは違うかもしれない。
そういう、ささやかな期待を唯一の支えにして。




だけど。
だけど、どっかで俺はわかってる。
ここ二週間の経験から、そういう期待はするだけムダだとわかってる。

期待なんてそんなもの。
すればするほど、ただ俺ひとり。
ひとり、虚しくなってくだけなんだ。





◇◇◇










「ただ、いまー……。」




搾り出すような掠れ声、控え目に閉まるドアの音。

それは決して、一度眠りに落ちた人間の目を覚ますほどの物音じゃあ無かったけれど、俺の意識を現実に引き戻すには十分すぎる物音だった。


トタ、トタ、トタ。

三歩進んで、一回止まる。
この足音が聞こえたときが、俺がいつも、本格的に目を覚ます瞬間。


なんで人間て、こんなにも毎日毎日、同じことを寸分違えずに繰り返せたりするのだろうか。

重い頭を持ち上げながら、ゆっくりとその足音の主を見た。






「おかえり。」

「ただい、ま。」



両手をダラリと前に垂らして、ほとんど開いていない目で、ぼんやりと俺を見つめる猫背の男。

意識を失いかけているその目はただ、
疲れた。と一言だけの感想を俺に語りかけてくる。



「三橋。」



その名を呼ぶ。
フラフラと、服も着がえないまま寝室に向かおうとしたそいつの名を。






「風呂は?」


立ち上がって詰め寄る俺に、三橋は一瞬こちらを振り返った。
けれど、う。と一文字だけ発してすぐにまた、背中を向けてしまった。


「いちお、沸いてっけど。」
「きょ、今日は、いい。」
「それ、昨日も一昨日も言ってんな。」
「……や、やっぱり入り、ます。」



ノロノロと、座り掛けてた腰を上げて、三橋は俺の横をよたよた通りすぎていく。



「……メシは。」

目の前にある、丸まった背中。
悲しくなるほど頼りない。


「だ、だいじょぶ。」

そしてまた、背中で返される頼りない返事。
瞼も眉毛も、肩も手もブラリと垂れさがってしまったそんな姿で、じいと見つめる俺の視線にも気付かずに俺から遠ざかっていく。
最後までその背中を見つめてやるが、三橋は振り返るそぶりだって見せやしない。

パタリ。洗面所の扉が静かに閉めきられた。



……あーあ。
今日もやっぱ、おんなじか。

この瞬間、最近恒例のため息がこぼれる。


日に日に薄れる期待。
それでも抱いていたほんの少しの期待も、やっぱり今日もムダになり。

そしてまた、俺の作った三橋用のチャーハンは、冷えきって明日の朝ごはん。




良いけど、さ。
毎日毎日疲れた体で帰ってくるお前に、そんな小さいことで文句を言う気は無いけれど。

だけど。
だけどさ。



も少し、もう少し俺に、なぁ三橋。

構ってくれたって、良いんじゃねーの。








◇◇◇





三橋が、俺の家に住み込むようになってどれくらい経ったんだろう。

きっかけは確かアレだ。夏休み。
西浦野球部メンバーで、海にキャンプに出かけたときだった、よーな気がする。

まぁ特に意識もせず。
深い考えも無く。
実家帰んのメンドーなら、泊まってけば。布団あるし。
そんなノリで俺ん家に三橋を泊めた。

そのときの俺たちにはまだ、今のような関係は無く。
だけど何だか、このまま離れていきたくはない、そんな気持ちで三橋を繋ぎ止めていて。

それからと言うもの、俺は三橋にちょくちょくコンタクトを取っては、よく家に呼んでやってた。


そいでまぁ、そのうちだんだん俺と三橋の距離は縮まっていって、ごちゃごちゃと何かいろいろあって、ある日、突然。

俺たちは、世間的には越えてはいけないとされる一線を、越えた。



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