【お兄様の野望 ゼーゴックの脅威V】





「私の、アプサラス計画が中止……。」
ゼーゴックって何だよ、アレ。マジでないわ。
二人掛け用ソファの上に所謂体育座りのような体勢になって小さく踞ったギニアス・サハリンは、ブツブツと呟きながら啜り泣く。喀血で赤く染まった口元とドレスシャツが何とも痛ましい。
「あのような美しくないMSに、我が子が……私のアプサラスが負けただなんて……。」
その隣に腰を下ろすユーリ・ケラーネは、時折ゲホゴホと咳き込むギニアスの薄い背中を擦りつつ、優しく諭すように声を掛ける。
「俺達はプレイヤーの意向には逆らえんよ。」
なんたって、ウチはお前さんメインでやってるからなぁ……。
ユーリはその身を屈め、ギニアスの伏せられた顔を覗き込む。
「今、下手してお前に死なれちゃかなわんのさ。」
「……アプサラスを失った今、私には何の価値もない……。」
例えMSに乗れても、能力値が低いのでは話にもならんだろ。
「これなら死んだ方がマシだ。」
「馬鹿野郎。耐久と反応が壊滅的でも、お前にはその指揮値と魅力値があるじゃねぇか、な?」
ギニアスがすっと、その蒼白い端正な顔を上げる。
「ユーリぃ……。」
語尾が上擦り、どこか甘さを含んだギニアスの声。その声に、ユーリは男臭い笑みを浮かべた。
「ほら、折角の美人が台無しだぜ?」
ギニアスの血塗れの口元を自身が首に巻くスカーフの端で丁寧に拭いてやりながら、ユーリは更に続ける。
「その力で、俺を後方から支援してくれないか?」
なあ、ギニアスよぅ?
そっと耳許で囁いて、ギニアスの荒れた唇に口付ける。予想していた抵抗は一切無く、それどころかその先を促すかのように普段は固く真一文字に結ばれている唇がゆるく開かれていた。その事に気が付いたユーリは、ギニアスに気取られぬように小さく北叟笑むと、おずおずと伸ばされたその薄い舌を絡めとり、その口腔を余す事なく堪能する事に専念した。
そのキスは酷く甘く、又、酷く濃い血の味がした。





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【あおいろにそまる】





それでお前の気が済むのなら、一緒に死んでやろうか?

殺気も悪意も嫌悪感も無い、落ち着いた優しく柔らかな男の声がニムバスの頭に直接響いく。
それがニムバスと同じEXAMマシンを駆る男ユウ・カジマという連邦のパイロットの声だとニムバスが知覚したのとほぼ同時にブルーディスティニー三号機のマニュピレーターからライフルが溢れ落ちるかのように離れる。得物を失いだらりと脱力した白い腕は、一拍の間を置くと、ニムバスが駆る二号機の蒼い鋼鉄の体躯を丸で包み込むように抱き締めた。
少女の嘆願にも悲鳴にも似た叫び声は相変わらず耳許でキンキンと響いている。頭もずしりと重く、脳を万力できりきりと締め上げられているかのような頭痛も益々酷くなって行く一方だったが、ニムバスの心は今までになく穏やかに凪いでいた。
「ハハハハハッ!」
モニター越しに蒼に染まった宇宙(そら)を眺めながら、ニムバスは高らかに笑う。
それは、いつものような他人を嘲るような笑いではなく、満ち足りたようなものだった。





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【虚像の王】





マフティー・ナビーユ・エリン。
その『正当な預言者の王』と言う意味を持った様々な国の言葉をつぎはいだ奇妙な名称が指し示すものは、あの青年の事でもなければある組織の事でもない。
マフティー・ナビーユ・エリンの正体はペルソナだ。
シャア・アズナブルの亡霊であるともアムロ・レイそのひとであるともまことしやかに語られたその人物の正体は、大衆が作り上げたキャラクター像――所謂イメージだけの存在に過ぎない。マフティーの正体は実体を持たない虚像だ。
ハサウェイ・ノアはマフティーではないと、彼はマフティーと呼ばれる仮面を被り、求められる儘にそれを演じている役者に過ぎなかったのだと、ケネスは自ら手を下してしまった今だからこそ信じたかった。あれは彼の意志ではなかったのだと、そう信じていたかった。
一人きりの部屋の冷たいベッドの上で、三人で過ごしたあの数日間を思い出しながら、ケネスは涙を流し続けた。





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【夜明け前】





トッシュ・クレイは時折悪夢に魘される。今にもその身体を固定するベルトを引きちぎらんばかりの勢いで、激しく、まるで何かから必死に逃げるようにばたばたと暴れ、苦しげに呻く。
 クレイの傍らで眠っていたブレイブ・コッドは簡易ベッドから静かに上半身を起こすと、その様子をただじっと眺めながら、柄にもなく天に祈りを捧げ、嵐が過ぎ去るのを待つ。彼はクレイが酷く魘される事を承知していたし、度々それを目撃している。魘されるクレイが「ストール」とただ一言決まってその名前を縋りついて許しを請うような声で叫び、あとはそれまでの騒ぎが嘘のように、まるで糸の切れた人形のようにピタリと大人しくなる事を知っている。
彼が見る悪夢……それはきっと一年戦争の時に負った見えない傷が発する痛みなのだろうとコッドは思う。それは間違いではない。しかし、未だにクレイを苦しめ続けるその傷の、真の正体をコッドは知らなかった。その「ストール」という人物が一体何者なのか、クレイの何であったのかコッドには分からない。その人物と一体何があったのかも分からない。ただ一つだけ分かる事はその人物がクレイにとって大切な人物なのだろうという事だけだった。それ以上の事は本当に何も分からない。兄弟なのか、戦友なのか。故人なのか、それとも存命なのかすらも分からない。いや、実際は分からないのではなく分かりたくないのだろう。仮に分かった所でどうにもしてやる事が出来ないのをコッドは知っている。だから、だからこそ、コッドは見て見ぬ振りを決め込む。クレイ自身から言い出さない限り、その傷には触れない方が良いという不器用なコッドなりの最大限の配慮だった。
今夜もまた、クレイの短く悲痛な叫び声と共に、悪夢に幕が降りる。生憎、地球のように上る朝日は見えないが、夜明けは近い。
コッドは大人しくなったクレイの血の気の引いた顔に掛かった茶色い髪を優しく払いのけてやりながら、「ストール」と言う人物が彼の深い心の傷を癒してくれる事をただただ天に祈り続けた。





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【インプリンティング】





そもそもこれは情事何ぞと呼べるほど甘い代物ではなく、どちらかといえば一方的に与える暴力に近いのではないか。人間の、雄としての生理的な熱に浮かされた胡乱な頭でクレイは思う。暴力といっても、なにも相手を殴りつけたり罵詈雑言の類を浴びせるというものではない。クレイは今、ただノーマルな形式通りのセックスをしているだけにすぎない。何をされても一向に抵抗する様子を示さない、ジョッシュ・オフショーを掻き抱いて。まるで人形でも相手にしているかのような、一方的な交わり。そこに情と呼べそうなものはクレイが思う通りありはしなかった。そこにあるのはクレイによって知らず知らずの内に刷り込まれた絶対的な支配関係だけだ。
己の欲の赴く儘、オフショーの体内に精を放ってしまうと、クレイは彼の子供らしい柔らかさを残す頬にその暖かい指先を添えると、静かに問い掛ける。
「ジョッシュ、お前は俺を恨むか?」
「……いいえ。いいえ、大尉殿。」
自分は大尉殿を恨んだりなど決して致しません。
クレイの青い瞳を真っ直ぐに見詰めながら、オフショーは淡々と続ける。
「自分は、貴方に必要とされていたい……。」
自分を、ずっと貴方のお側に置いては下さいませんか?
 自身が教え込んだ通りの、自身の望む通りの解答を得て、クレイはにんまりと、まるでティーンの少年のように微笑んだ。





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あきゅろす。
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