その男はそれこそ類稀なる造形の美しさを誇っていた。 艶のある黒髪と、白い肌に自なのかコンタクトでも入れているのか、赤い目を持ち、均整のとれたしなやかな体とけちの付けようのない、寡黙でメディア嫌いのモデルだった。 犯しがたい美しさとはこういうものなのだろう。 ただそこにいるだけで空気が変わってしまうのだから、恐ろしい。 冬ということもあってか、黒いコートを着た男の下へ行くと、彼はほんの少し表情を動かした。 それでようやく生きた人間なのだと、実感がわいた。 どういう経緯でこういう関係になったかすっかり忘れてしまったけれども、そこらの一般市民であるアキラは、今ではこの、彼の嫌いなメディアに言わせれば動く絵画のモデル、シキの部屋に入り浸っている。 入り浸る、というには語弊があった。 正確には、いろいろと握られて帰れなくなっている。 もはやお互いの建前として、そういう風に言っているだけだ。 意外と彼の部屋の居心地がいいから仕方ない。 アキラはその両手に抱えた袋を持って、シキの目の前に立った。 「アンタも持てよ」 「断る」 写真を取られたらかなわん。 そう笑いながら、シキはアキラの抱えていた中でも一番小さな包みを強奪していった。 写真どころかあちこちから携帯の撮影音が聞こえているのだが、シキの感覚は判らない。 全く同意していないのに、いつのまにか付き人として扱われているアキラなら、確かにメディアも書き立てたりはしないのだろう。 「来い」 彼は、肩ごしに振り返ってアキラを見た。 いちいちそういう仕草まで絵になるから困るのだ。 周囲のざわめきも煩い。 彼が表を出歩くことが滅多にないことを、アキラは時折罵りもしたが、その実安心している節もあった。 仕事の時以外、彼は家にいる。 誰にも見られず、アキラだけが彼を見ている。 そこまで考えたあたりで、アキラは慌ててシキを追いかけた。 妙なことを考えている場合ではない。 彼は本当に人気があって、こんな人の多い場所にいたら碌なことが起きないのだ。 大急ぎで止めておいた車に乗り込み、発車させる。 後部座席のシキは、群衆を見ることなく、何故かアキラの髪を引っ張った。 「なんだよ」 「やはり惜しいな」 振り向こうとした瞬間、今度は頭をしっかりつかまれた。 前を見ろ、ということなのだろう。 しぶしぶ視線を固定したまま、バックミラーで表情をうかがう。 彼は相変わらず完璧な顔に、表現に困る笑顔を浮かべていた。 「お前は衆目に晒されていいものではない」 「は?」 「俺の所有物に相応しいといったのだ。喜べ」 シキは、時折口を開いてもこんなふうにかみ合わないことしか言わない。 恐らく褒められたのだろうとは分かったものの、喜んでいいのか大変微妙だ。 嘆息したアキラは、しかしそれ以上何か口を開くことはやめた。 煙に巻かれるのが落ちだ。 このモデルは、文句の付けようのない容姿に反し、壊滅的な性格をしている。 妙なことを言って躾だなんだと騒がれるのは、もう御免だった。 「嬉しいだろう」 シキの笑いが、車内に満ちる。 それを喧しいと思いながらも、どこか心地よいと思えているあたり、アキラももう駄目なのかもしれない。 この男に目をつけられた時から、そうだったのかもしれないが。 しかめつらしい情動 ―――――――――― 19万打記念、芸能人シキと一般人アキラの話でした。リクエストが珍しくかぶってしまったので、設定を変えて此方はモデルさんにしてみました。モデルシキさんはさして愛想をふりまかなくていいので、アイドルシキより電波っぽくても大丈夫そうだなと勝手に思っております。 あこ様、芸能人ということで書かせていただきましたが、あまり普段のシキと変わらなく、どうしたもんかと思っておりますが、お気に召したら幸いです。 リクエストありがとうございました! [グループ][ナビ] [HPリング] |