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あれがない、とアキラが言い出した。
彼の無くし物は珍しいものではない。
大抵放っておけば問題ないのだが、なぜか今回ばかりは神経質に言い募る。
あれがないと困る。
兎に角困る。
アキラはそういうものの、日々の生活に困るようなものはないだろうに。


「後で聞いてやる」


シキがいくらそう言い聞かせても、ない、の一点張りだ。
しまいには泣いて侍女すら近づけなくなった。
もうどうしようもなく、シキは仕方なく寝室へ向かった。
そこは、荒らしにでもあったように散らかっていた。
一応物を踏まないように移動して、そこらに転がっていた椅子を立てる。
ベッドの中に入って、ぴくりともしないアキラの肩をたたいた。


「…痛い」
「そうしているのだ」


これで下らん理由だったら容赦はしない。
そう言おうと思っていたのだが、シキはアキラの泣き濡れた顔を見て、やめた。
アキラが泣くことはそうない。
出来る限りどうにかしてやりたいとは思うのだが、なにしろ心当たりがない。


「何をなくした」
「…大切だったんだ」
「聞け」
「アンタにはもう見つけられない」


今のアンタには。
とげのある物言いを、シキは咎めはしなかった。
それは、アキラにも言えることである。
彼の望むアキラは、果たしてどのようなものだったか。
少なくとも昔は、こうではなかった。


「もう見つからないんだ」
「ならば俺はいくぞ」
「埋め合わせをしろよ」
「知らん」


そう答えた瞬間、金切り声が上がった。
癇癪を起こした子供のように、泣きわめいて手当たり次第にものをぶつけてくる。
その怒りが、シキには判らなかった。


「ここにいてよ」


そう言って、再び毛布の中に潜りこんでさめざめ泣くアキラを、どうしたものかと彼は見た。
出て行ったら、今度こそ刺されても文句は言えない。
ほかにすることもない。
この部屋を片付ける気にもなれず、仕方なくシキは刀の点検をすることにした。
幸いに、この部屋は灯りに事欠かない。
彼の普段いる場所よりも、見やすい。
そうして黙々と手入れをしていたら、アキラが毛布から顔を少しだけ出してこちらを見ていた。
彼の青い目は涙にぬれていたものの、狐に摘ままれたような顔をしてシキを見ていた。


「なんだ」
「シキ、」


か細い指の示すほうをみる。
なるほど今日は見事な満月であった。
珍しいものではない。
再び視線をアキラに戻すと、彼はどことなく満足そうにシキを見ていた。
意味が分からない。
それが表情に出ていたのだろう。
彼は笑って、なんでもない、と小さく付け足した。


「手、握って」


促されるまま、手入れを終えた刀を鞘に戻し、置く。
そしてその手を取った。
恐ろしく細い。
彼の手は、こうではなかった。


「…いいや」
「見つかったのか?」
「いいんだ。別のものがあった。…意味わからなんだろ」


それでいいよ。
アキラは晴れやかに笑った。
彼がそういうなら、いいのだろう。
シキはそう思うことにして、改めてその月を見た。







自分を消し去りに





――――――――――
19万打記念、ED3で大切なものをなくしたアキラの話でした。淫靡さんは一見普通なんですが、なんだかどんどん記憶がなくなって行って、それを埋め合わせることもできずに癇癪起こしてもいいかなと思いました。シキはそれにすら気づかなくなってそうですが。
ゆかっち様、若干暗い話になってしまいましたが、最後は甘めにしてみました。お気に召したら幸いです。



リクエストありがとうございました!







あきゅろす。
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