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重い。
それがこの気候から来ているのか、はたまた目の前の敵から来ているのかは、よくわからない。
普通ならば苦戦しない相手だった。
軍人だと己を名乗った割に、彼の動きは一辺倒で大抵読める。
だが、それを補って余りある力とスピードで軍用ナイフを振り回してくることがまず脅威だった。
直線的な動きは読みやすい一方で、複雑ではない分致命的な破壊力を持つ。
受け流していても、刃先がぶつかり合った際の音と痺れで、一撃でも喰らったら命がないことを容易に理解させる。
なによりその目が、恐ろしい。
初めて見た瞬間、アキラは思わず亡霊でも見たかのような心地になった。
その濁った眼。
かつてトシマで嫌というほどあの眼を見た。
今でも悪夢に見るそれが、目の前にあった。
ラインの供給は断たれたはずである。
軍が秘密裏に、また生体兵器の作成に着手したのだろうか。
割に合わない。
もはや内紛はほぼ無くなったに等しく、対外的にきな臭いうわさがあるとも聞かない。
それでも、アキラがかつてそうであったように、彼らは作りあげてしまうだろう。
そうでもなければわざわざ血目当てで襲撃などしてこない。
彼らにしてみれば、前時代の遺産、とでもいえるのだろうか。
モルモットは死んでも嫌だ。
相手が泥に足を取られた。
そのまま倒れ伏した相手の体に馬乗りになって、右足で軍人の得物を蹴り飛ばす。
思えばこの男もモルモットのようなものか。
そんなことを思いながら、アキラは最小限の動きで喉元を狙った。
だが男は、それをかわした。
かわしたといっても、首の位置を動かしただけである。
喉元をついて終わるはずだった切っ先は、動かれたために、頸動脈を切り裂いた。
アキラは拙いと思ったものの、動くにはあまりに時間がなさ過ぎた。
噴き出した血を頭からまともに浴びる。
一気に視界が奪われ、その上血が口に入った。
咽る。
血の匂いしかしない。
かろうじて耳に、何かが這ってくる音が聞こえる程度だ。
血管を切ったのに、あの男はまだこちらに来るつもりか。
噎びながらも目を拭う。
どういう執念なのかは知らないが、目の前に男がいた。
相も変わらず濁った眼で、歪んだ笑顔で。
それは、あの日殺めてしまった誰かに似ている気がした。


「戯けめ」


吐き捨てるように、男の背後から声がした。
次の瞬間首の無くなった男の体を呆然と見ていると、シキが見えた。
彼は刀を下げて、アキラを見る。
安堵からかは知らないが、再び咳が始まった。
呼吸が苦しい。
あの血。
まさか。


「肋をやられたか」
「違う……血が、」


そこまで言った瞬間、ありえない膂力でもって体が持ち上げられた。
そのまま路地裏の、人間が顔をつけていいのかすら定かではない水のたまった桶に顔を突っ込まれた。
せめてやる前に何か言ってほしい。
水を飲み込んだアキラは、引き上げられた瞬間吐いた。
長らくこんな生活を送っているおかげで贅沢は言わなくなったものの、それでもこれはひどい。
ただ、おかげで血は流れた。


「どうだ」
「どう、って」


喉をひゅうひゅう言わせながら、アキラは呻いた。
酷い匂いだ。
あまり考えたくはない類の匂いである。
そのおかげとはいいたくないが、咳が止まったのも事実だった。


「下手な斬り方をするからそうなる」
「こいつが動いたんだ」


重い体をどうにかこうにか立たせて、アキラはシキを見た。
彼の目は綺麗なままで、先程見た男の目とは対照的に、生き生き輝いている。
こちらのほうが好ましい。


「ラインか」


吐き捨てるように、シキは言った。
ラインに絡んで、その目が暗く沈むのは、見ていて気持ちのいいものではない。


「血、ばら撒いてやろうか」


効かないみたいだし。
とっさに口をついて出た言葉にも、シキはさしたる反応を見せなかった。
代わりに、恐ろしい匂いのついた髪を、少し撫でた。








片腹痛いわ





――――――――――
19万打記念文、とらあなED、アキラがライン兵の血を飲んでしまったらの話でした。アキラの血にライン兵の血が混じったら、やはり中和されるのかなと思いましてこうなりましたが、そのまま発作起こして倒れてしまうのもいいかもしれませんね。
匿名様、あまりアキラが苦しまずにさらっと終わってしまいましたが、おそらくシキはアキラに何かあればすぐにやってくると思います。お気に召したら幸いです。



リクエストありがとうございました!






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