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首輪が外れない。
アキラはもう何度目かわからない作業を繰り返し、そして嘆息した。
今左手を拘束している鎖は飾り物だ。
しかも異様に長く、なんとか素手でも切れそうである。
問題はこの首輪だった。
こんなものをつけていたら、街に逃げ込んでもろくな目に遭わない。
服は上等なものを着せる癖、こういう首輪やら手枷やらは外させないあたり、この部屋の主の性癖を現しているような気がしてくる。
この船に積み込まれて1か月が経とうとしていた。
その間に受けた様々な仕打ちを思い出し、顔を赤くしたり青くしたり、一人悶々としていたアキラは、次の瞬間いきなり襲ってきた音に小さく悲鳴を上げた。
海賊というものは、もう少し隠れてこそこそと動き回るものではなかっただろうか。
けたたましい轟音と船の揺れに思わずひっくり返りながらも、這う這うの体で唯一の窓から表をうかがった。
先程までおとなしく停泊していた港町が、火の海となっていた。
略奪行為というより、もはや戦争に近しいものを感じる。
恐らく現在指揮している船員の気まぐれなのだろう。
気まぐれで滅ぼされる街もたまったものではないだろうが。
騒音はゆっくり収束して、この窓から見える範囲で街側の抵抗が止んだ後は、アキラのいた船を襲った時のように奴隷とその他と金品食糧に選別する。
思い出しただけでも胸糞の悪くなる光景であった。
それが繰り返されているのは、許し難い。
許し難いと言って、アキラが何かできるかというと、何もないのだけれど。
使えない連中を処分して奴隷と金品、食糧を詰め込み、街を離れるころにはあの綺麗だった街の面影はなかった。
船内には男たちの歓声やら悲鳴やらがこだまし、口汚い言葉も聞こえてくる。
歯噛みしたアキラの体を、ベッドから伸びてきた手が掴んだ。
思わず小さい悲鳴を上げた彼の思いなどつゆ知らず、略奪の一部始終を全く関知しないで惰眠をむさぼっていた男が、アキラの項に鼻を寄せた。


「本当にお前は学習能力がないらしいな」
「なんだよそれ…!」
「愛玩品としては合格だ」


項やら首筋やら、首輪に覆われていない箇所にゆるく噛みつく男を罵ることも、逃げることもアキラにはできなかった。
ただ耐えて、全身の力が抜けかけるのを堪えていることが精一杯だった。
この世界でも屈指であろう海賊の主が若い男とは、アキラも知らなかった。
もともと別の船に奴隷として積み込まれていた彼は、たまたまその船がシキの気まぐれで襲撃され、やはり気まぐれで捕虜として彼の私室に連れ込まれるまで、よほど屈強な男だろうと思っていたのだが、現実は違っていた。
捕虜と言っても、やはり身分は奴隷である。
ただし雑用をさせられるのではなく、専ら褥の相手であった。
こんなきれいな顔をしているのだから女などいくらでもいるだろうに、なぜかこの男はアキラにばかり手をかけて、他を顧みない。
奴隷相手なのに教養やら武術の心得も求めてくるから、そこら辺に転がっていていいというものでもない。
おかげで薄汚れていた体も髪を綺麗になり、読み書きくらいはできるようになったうえ、シキの使う独特の武器もやっと慣れてきたけれど、果たしてこれでいいのか、と考えてしまうことがある。
これで夜伽さえなければ、普通の人間と変わらないような気さえしてくる。


「…アンタ、変だな」


床から引き揚げられて一つしかないベッドに転がされたアキラは、左手を緩く戒める鎖を弄ぶシキの目を見て言った。


「奴隷に甘いし」
「所有物には飴と鞭が必要だろう」
「気持ち悪いこと言うな。…物盗るときは出ないし」
「あれは船員どもの憂さ晴らしに過ぎん。俺は関知しない」
「…戦うときは関係あるのか」
「当然だ」


シキは笑い、鎖から手を放してアキラの胸元に舌を這わせた。


「……アンタがそうだから、あちこちで悪評立つんだろ」
「それで敵が寄ってくるというなら、構わん」


さすがは強くなることに固執する戦闘狂である。
きっとこの場にいない、この男の旧知の仲だという同じく海賊の船長は笑うのだろうが、アキラは笑えなかった。
それだけ、奴隷が出るのだ。
そう訴えてもどうせシキは聞かないのだろうから、口には出さない。
シキの部下がなにかしていたら、それとなく海の中へ捨てていくだけだ。
かなり名の知れた闘技用奴隷だったアキラにしてみれば、難しい話ではない。


「不安か?」
「何が」


今まででさりげなく一番いい主人なのは認める。
しかし失ったところで嘆くかと言えば、違うような気がした。
それを言葉にするより前に、また船が激しく揺れた。
いまだにこの部屋に鎖一本でおざなりに拘束されている状況になれず、放り投げられかけたアキラの体を、シキの腕がしっかりつかんでいた。
彼の赤い目は、もう爛々と輝いている。
先程まで持っていた鎖をベッドに繋ぎ、上着を羽織って足早に出ていく。
残されたアキラはしばしぼんやり天井を見ていたが、先程までシキのくるまっていたシーツに潜りこんだ。
いつも寝ている間にすべて終わっている。
だから今日も、そうやって終わるはずだ。
しばし動き回り、最終的にシキの体温と匂いが残されている箇所に落ち着いた。
早く終わってしまえばいいのに。
アキラはそんなことを考えながら、時折走る振動に視線をさまよわせつつ、眠ることにした。








凛々しいひと




――――――――――
19万打記念文、海賊パロディで船長シキと捕虜アキラの話でした。捕虜というより奴隷さんになってしまいましたが、アキラは捕虜になると部屋でゴロゴロ転がされてそうです。
ゆすらん様、捕虜にならなかったんですが大丈夫でしょうか。お気に召したら幸いです。



リクエストありがとうございました!






あきゅろす。
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