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シキが売春宿に入り浸っている、と風のうわさで聞いても、アキラはさして反応を示さなかった。
男を抱くよりよほど健全ではないか。
そう面と向かって返してやれたらいくらか気分がよくなりそうである。
買ってきた出来合いの総菜を机に並べて、噂を吟味しながらしばらくぶりの食事でもしようと箸を取った瞬間、いきなりドアが開いた。
決して気を緩めていたわけではない。
思わず腰を上げて、刀を手に取った彼だが、少々ためらってから座りなおした。
ドアの向こうにシキがいた。
外見は何ら変わらず、若干顔色が悪いような。
彼は出て行った時と同じように刀だけを携え、立ち尽くしている。
入ってこない。
そうこうしているうちに、虫が入るというのに。


「ドア、閉めろ」


アキラが声をかけてやっと彼は動いた。
何か妙なものでも食べたのだろうか。
ついつい心配しかけて、息をつく。
悲しいかな、これから数日しなければならない仕事は二人で請け負ったものだ。
その打ち合わせをしていない以上、少し遅いかもしれないが今やるほかないだろう。
普段通りの歩みで寄ってきたシキからは、彼以外の匂いが強烈に漂ってきた。
売春宿になどいたら化粧やら香水やらの匂いもつくのだろう。
しかしこれはあまりに醜悪な臭いだ。
この状況下において、なによりアキラの神経を逆なでする。


「臭い」


それだけ言い放つと、シキは少し止まった。
どういう考えなのか、素直に浴室へ向かう。
いよいよ不気味になってきたアキラは、浴室へ消えていくシキの背中に向って言った。


「…アンタの飯無いから、買ってこいよ」


その一言で、シキは進む方向を変えた。
先程と同じようにドアを開けて出ていく。
シキのいなくなった部屋で呆然と立ち尽くしていると、ものの数十分でシキは帰ってきた。
やはり出来合いの総菜を、数個。
それから浴室へ向かう。
濡れた髪を乱暴に拭いながらシキが出てきたころには、アキラはすっかり毒気を抜かれて惣菜のじゃがいもをつついていた。
なんの言葉もなくアキラの向かいに腰掛けた男は、無言のまま食事を始める。
アキラも何を話していいかわからず、箸を動かす。
本当はいろいろと罵ってやりたいことも殴ってやりたいこともあったのに、言葉が出なくなった。
これだからいけないのだろう。
知り合いの情報屋に、こういった仕事が向いていない、と言われた理由もわからなくもない。
人を殺すことが好きではないということももちろん、時として、強い感情を発露したほうが仕事もやりやすくなったりもする。
シキを見ていて、ぐちゃぐちゃになった感情は結局はけ口をなくして食事と一緒に飲み込まれるほかなくなった。


「…明日の仕事、地図用意したから」


何分か考え込んで、アキラは己の感情を殺してそれだけ言った。
それなのにその言葉を、シキは打ち消した。


「明朝ここを発つ」
「アンタが?」
「馬鹿か貴様」
「ああ、女とか」


我ながら恨みがましい言葉だと、アキラは思った。
言われたシキは表情を動かさない。


「抱いていない女を連れていけると思うか」


アキラはすぐには答えなかった。
答える代わりに飲み込んだ肉が、恐ろしく硬くて、不味かった。
再び沈黙に支配された食卓で、アキラの箸がシキの惣菜の中にあった肉を捉えた。
特に断りもなく口に含む。
シキも何も言わない。
咀嚼すると、先程の肉よりもうまく感じられた。
同じ惣菜だったのに。


「さあな」


人間は単純なものだ。
そう言われただけで救われた気になってしまう。
アキラはよく噛んだ肉を嚥下し、再びシキの惣菜に手を付けた。


「そいつが特別なら、関係ないだろ。特別な奴のために人生投げる馬鹿だっているんだ。アンタも、相手がそういうやつならそうしたほうがいい」


どうしてこうなってしまったか。
今となっては喧嘩をした理由も思い出せないから、考えるだけ無駄だろう。
恐る恐る、本当に彼らしくもなく伸びてきた指先が、頬をなぞる。
何度か払いのけても、結局元に戻ってきてしまうから、最後は抵抗することもやめて、アキラは食卓を挟んで向かい合った男の目を、その日初めて真正面から見た。


「明日発つ。それに変わりはない。お前は、俺がいないと地図も読めんのだろう?」


シキの口角が上がった。
それを見ていたら、この男は本当に変人なのだと改めて突きつけられたような気がして、思わずアキラも笑ってしまった。








ぬけめのない男





―――――――――――
19万打記念、とらあなEDでシキが女の誘いに乗りつつやっぱり駄目だと踏ん張る話でした。あんまりシキが誘われて乗るイメージがないので、どうしたもんかと思ったのですが、とらあなさんはたとえそうなってもあんまり気にしないというか、それがシキの選択なら、というふうに気持ちがもやもやしつつも割り切りそうだなと思います。自分でシキを縛ってしまうことを嫌がるかなと。
さちこ様、こんなとらあなさんになってしまいましたが大丈夫でしたでしょうか。お気に召したら幸いです。


リクエストありがとうございました!






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