おや、貴方がこんな場所に居るとは珍しい

しかもこんな雨の日に傘もささないで…風邪をひきますよ

いえね、私はただなんとなく貴方が此処に居るような気がしまして

ええ、ですが本当に居るとは驚きです

予定では明後日でしたが…いつお戻りに?

成程、でしたら連絡を下されば良かったものを…まぁ、今更ですね

それより、何時まで其処に居るおつもりで?

屋上に憧れを持つ歳はとうに過ぎましたでしょう?

さぁ、早く此方にいらっしゃいな





あぁ、これはどうも

律儀にお土産なんて…貴方らしいですねぇ

それではお茶を淹れましょうか

構いませんよ、どうぞお寛ぎ下さい

体調が優れないようでしたらまた別の日に改めたって私は構いませんよ

…そうですか、それではたっぷりと時間もある事ですし、色々と聞かせて頂きましょう

ですがその前にお茶を淹れなくては

ええ、随分と長話になりそうですからね





それでは早速、結果からお聞かせ願えますか?

それはそれは…

あれだけの決意をしておきながら、無駄だった、ですか

ふふふっ

…おや、結果次第では心配性な自分を笑って欲しい

そう仰られたのは貴方でしょうに

ええ、そうですとも

ふふふっ

本当に、哀れな御人ですねぇ

押し潰されるような罪悪感から逃れようと勇気を振り絞ってまで彼らの元へ向かったのに…無駄だった、なんて

ええ、本当に哀れでなりません

私が貴方の立場なら、自身の滑稽さに耐えられないでしょう

ふふふっ

どうか、お気を悪くなさらないで下さいね

これでも私なりに貴方を心配し、今か今かとお待ちしていたのですから

正直、もう戻らないのではないのかとも思ってもいました

理由は…ご自分が一番理解されているのでは?





ストーカーの共犯者…それが第一の人物ですか

どうぞお気遣いなく

後味の悪い話だろうとは既に予想が出来ていますし、何を聞かされても結局は私の知らぬ場で起きた過去ですからね

…冷たいでしょうか

保健医とは言え、私だって教員の一員です

生徒のプライベートに何処まで踏み込んで良いものか、その辺りは貴方より遥かに正しく把握しているつもりです

勝手な罪悪感から感情任せに動き、馬鹿を見る貴方とは違います

話を戻して、その人物とはどのようなお話を?

成程…つまり彼女の失踪はただの駆け落ちであった、と

なんとまぁ愚かな子でしょうか

あぁ、申し訳ありません

どれだけ愚かであったとしても、貴方の教え子であったには変わりありませんね

ですがお話を聞いた限りですと…ふふふっ

あの年代の行動力を羨む時もありますが…こればかりは愚かだと言う他ありません

恋に盲目、とでも言いましょうか

特にあの子は何か一つの事に夢中となると周りが見えなくなるタイプでしたからね

洗脳であれ本能での行動であれ、私から言えるのは愚か、この一言です

ええ、勿論きちんと聞いておりますとも

………同情しろ、とでも仰るおつもりですか?

可哀想?

いったい、あの子の何が可哀想だと?

どんな目に合おうと、結局は自業自得、そうは思いませんか?

はぁ…どうも貴方とは意見が合いそうにありませんねぇ

確かに痛みと恐怖で散々な思いはしたでしょうが、最終的にはリセットされた、そう仰いましたよね?

でしたら何も同情する点は無い、それが私なりの意見です

何事も大切なのは結果ですよ、結果





彼にまで面会を拒まれてしまったのですか

ふふふっ、いよいよ貴方まで愚かだと思ってしまうかも知れません

あるいは既に…おっと、これは失言でしたね

それで、結局あの手紙は彼なりの最終報告であった、と

貴方もそれは薄々気付いて…いたらこんな事にはなりませんね

ええ、はっきりとそうだろうなとは思っていました

御冗談を

あの時の貴方に私が何を伝えても無駄、そんなのは考えるまでもありませんでした

だから貴方の好きなようにさせ、こうして結果を楽しませて頂いているわけですよ

そもそも、説得してまで引き止めなかった私を咎めるのはお門違いなのでは?

期待外れな結果に落胆するのは自由ですが、その責任を押し付けられるのは御免ですよ





住職ともあろう彼がそんな言葉を?

まぁ、5年もの付き合いがあるので驚きはしませんね

ただ随分と歪んでしまったなと思う反面、それこそが本来の彼なのかも知れないと新しい発見をした気分です

ふふふっ、何も問題はありませんよ

彼だってもう大人です、TPOくらいきちんと弁えられますよ

今回貴方にそういった発言をしたのだって、彼としてはもう二度と会わない人間への言葉です

何を口にしたところで問題無い、そう踏んでいるのでしょう

そして、せめてもの恩返しであの子に会えるようこうして地図を描いてくれた、と

全く自分を知らないあの子に会った感想はどのような?

はぁ…それは意外ですね

あの子は一見人懐っこく思えましたが、実は意外に周りを強く警戒していましたからね

そんなあの子が全くの初対面となる貴方に駆け寄るなんて…それもリセットされているからでしょうか

…では、延々と惚気話を?

神隠し…とは、上手く言ったものですね

つまり今、あの子にとっての世界とは彼そのものですか

それだけ誰かに依存出来る人間の気持ちが私には理解出来ません

そして、誰かの神にも仏にもなれる彼の気持ちもね





………これが現在の御二人ですか

彼は随分と大人になりましたが…ええ、そうですね

共犯者の言う通り、あの子の時は随分と前に止まっているとしか思えません

若さを求める世の女性に知れたらその術を教えろとあの子の元に押し寄せるかも知れませんよ

となると、彼は益々あの子を隔離しようと必死になるでしょうねぇ

…冗談です、そう睨まないで下さい





彼女にまで連絡を?

失礼ですが、その目的を教えて頂けますか?

報告?

頼まれてもいないのに?

正直なところ、貴方は誰かに自分を慰めて欲しかった、違いますか?

自分が見聞きした現実に耐えられなくなり、他人に縋ろうとしたのでは?

それも、あの子と親しかった彼女なら同じように胸を痛め、優しい言葉をかけてくれる

なんて期待した上で彼女に連絡を………すみません、今のは忘れて下さい

ふふふっ、可笑しな御人だ

御自分は無意識の内に平気で他人を傷付けるのに、自分が同じ立場になると泣くだなんて

泣かれるとまるで私が悪いようですねぇ

少し、休憩にしましょうか

落ち着くよう、次は紅茶を御用意致します

そう警戒せずとも、薬なんて入れずにミルクを入れますとも





さて、次はどのようなお話を?

ふふふっ

偶然とは言え、犯人である彼に出会えた貴方は運が良いのか悪いのか…

しかしまぁ、無事で何よりです

ええ、そうですとも

分かりませんか?

あの子に対するその異様なまでの愛情と今でもあの子を探しているという執着ぶりを考えると…貴方、もしかすると誘拐の疑惑をかけられたかも知れないんですよ?

となると彼にとっての貴方は敵、最悪の場合は殺されていたかも知れませんね

おや、今更になって怯えるとは…随分と危機感に欠けているようで

ですが、もう遅いでしょうね

…その通り、今後の彼は貴方を見張るようになるでしょう

その場では何も知らないと言った貴方が実は何処かであの子との繋がりを保ち、居場所を知っているのではないのかと疑いを持ってね

そうですねぇ…何もしない、これが一番だと思いますよ

貴方は彼の言うあの子が今何処に居るのか、御存じですか?

そうです、知らないんです

知らない以上は今までの通りの生活を送り、自分の潔白を証明する以外ありません

きっとそうしている内に彼も諦め、貴方を見張るのをやめるでしょう

痺れを切らしてしまい、凶器を片手に自白させようと乱暴な手段を選ぶ、その可能性も捨てられませんがね

さぁ?それは貴方自身で考えて下さい

これは全て貴方の引き起こした事ですからね、私が対処法を考える義理なんてありませんよ

確かに私は貴方の留守中、生徒の面倒をみるとは約束をしました

ですが貴方の尻拭いをする、とまで言った覚えはありませんから

おやおや、頭なんて抱えて…どうされたのですか

貴方が過去の真相を知ろうと立ち上がらなければこんな事にはならなかったのですよ?

自業自得、そうは思いませんか?

あぁ、認めたくないからこそ私に縋っているのですね?

自分の正義は正しい、そう信じてこその行動を悉く否定されて傷付いていらっしゃるのですね?

そして甘い言葉を期待して彼女に会ったは良いものの、結果は散々

皮肉にも貴方の存在を快く思うのは彼一人のみ…嗚呼、なんと哀れな御人か

大切に思っていた生徒達からは拒絶されてしまい、その原因である彼には感謝までされているとは…本当に、皮肉なものです

申し訳ありません、どうやら私は他人の気持ちに鈍いようです

察したところで、何か力になろうという気も起きませんが

ただ一つ言えるとしたら、これだけです

己の浅はかさに嘆くよりは先ず、教師としての在り方を考え直すべきだ、とね





気分転換に一つ、別の話を宜しいでしょうか

…有難う御座います

この新聞をご覧下さい

いえ、何か意図があっての事ではありません

ただの気分転換、それだけですよ

製薬会社に勤める営業マンが突然の自殺…どう思いますか?

地元から随分と離れた場所で突発的に起こしてしまったそうですよ

遺書らしい物も身分証も一切無く、身元が判明するまでに暫くかかった、だとかで

まさか、私の知り合いではありません

恐らく営業成績に煮詰まり、悩んだ末にその道を選んでしまったのでしょう

そしてこの小さな小さなスペースに最期を載せられ、数週間で誰の記憶からも消えてしまう

なんとも呆気ないものだと思いましてね、貴方に見せたくなったのです

同じ道を辿るな、その警告も含めて

ええ、気付いておりましたとも

貴方は共犯者でもある私を残し、一人で逃げるおつもりでしたね

そんな事、絶対に私は許しませんよ

例えこれから先、何度貴方が逃げようとしても必ず私がその足を止めてさしあげましょう

貴方が卑怯であるように、私もまた卑怯な人間ですから

いっそ、彼らの言うリセットやらを貴方にも…ふふふっ、冗談ですよ





どうやらふっきれたようですね

ええ、そうですともそうですとも

全ては終わった過去の事、自ら掘り返す必要はありません

彼についても…何もアクションを起こさず、諦めるのを待ちましょう

御安心下さい、先程のは少し貴方をからかっただけですから

きっと彼の見張りは数日も続きませんよ

…勘です、何か知っているわけではありません

それより、今日はこのくらいにしてもう帰りましょう

明日からまた校内は騒々しくなり、のんびりとお茶をする暇も無くなりますよ

貴方は貴方で留守中の仕事を片付け、私情で学校を留守にした自分を反省しなくてはなりません

ふふふっ

いつも通りの貴方を取り戻せたようで安心しました

私は片付けを終えてから出ますので御先にどうぞ

どうぞお気になさらず、私一人で大丈夫です

では、それではまた明日





ふふふっ

相変わらず、単純で扱い易い御人だ

共犯者である私、という言葉にあんなにも表情を和らげるなんて…どうかしていますね

それだけあの一件について思い悩んでいるとは知っていましたが、勝手に、しかも校内で死なれては面倒です

そもそも何故そこまで悩めたのか、根本的なところから私には理解し難い話です

特別な存在であったわけでもないでしょうに…何を執着していたのやら

一人一人に情を持って接していたらきりがない、といい加減に学んで欲しいものです

それも、もう随分と前に消え去った生徒についてとなれば尚の事

一番優先すべきは現在の生徒達、という基本的な事すら見失ってしまっている

はて、あれからどれだけの時間が過ぎたでしょうか…

それも思い出せない程に私にとっては過去となってしまいました

どうであれ、全ては遠い昔に終えた事

私もさっさと忘れ、自分のすべき仕事に専念しましょう

………誰にも知られずにあの子へ会いに行き、全てを打ち明けて無理矢理にでも思い出させる

面白そうですが、やはり面倒は起こさないに限ります

ふふふっ

それでは、私も帰るとしましょう



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