お久しぶりです
此処で御会いするのは卒業式以来ですね
お変わりない無いようで安心しました
この場所も………あぁ、すみません
少し、散歩がてら歩きませんか
校門前では目立ちますし…行きましょう
何だか不思議な気分です
えぇ、私はもう学生ではないですからね
まさかこの年になって、一般人として敷地内を歩く日が来るとは思いもしませんでした
それも貴方と二人、あの一件について語りながら、なんて
正直、私の中では既に完結していましたから
率直に聞きますが、貴方は私から何を聞きたいんですか?
私からお話出来る事は限られてますし、きっと期待外れだと思います
それから…貴方の目的次第では、私は何も話しません
これだけは絶対に忘れないで下さい
玄関ではなく下駄箱から…ですか
いえ、玄関からですと目立ちますからね、問題ありません
ただ、この場所は………
私が、彼女と最後に接した場所なんです
しかも、大嫌いとまで言われてしまいました
そして私を振り切った後、彼女は貴方の元へ向かったんでしょう
…いや、その前にあの人とも会っている筈です
私から逃げた後、彼女はあの人と口論をしたんです
そして、運悪く階段から落ちてしまった
えぇ、そうです
貴方が虐待の証拠だと思ったあの痣は、この階段から落下したことによって出来てしまったものなんです
………私に頭を下げたところで、何の意味もありませんよ
そうそう、この教室でしたね
うわぁ…懐かしい
私の身長はあれから殆ど変っていないのに、年を取っただけで何もかもが小さく見えてしまうのは何故でしょう
…ははっ、こんなものまで
見て下さい、この壁の傷
こうしてカーテンを広げている内は目立たないんですが、畳むと…ほら
私と彼女の名前が彫られているんです
確か、美術で彫刻刀を使うようになった頃に彼女が勝手に彫ってしまったんですよ
慌てて止める私の声も聞かずに、一生の思い出だよ、なんて言いながら
すみません、今も此処に勤務している貴方には笑えない話ですね
ですがこれ、見逃しては頂けませんか?
少なくとも彼女を隣にして過ごしていた2年間は、私にとってかけがえのない思い出なんです
一つくらい、形にして残させて下さい
写真は…遠慮しておきます
此処には確かに私達が居た思い出がある、それを知っているだけで充分ですから
やっぱり、どうしても小さく感じてしまいます
この椅子も机も窮屈で…不思議ですね
いつもこの場所から彼女の姿を眺めるのが授業中の楽しみだったんですよ
教師の隙をついてはこっそりお菓子を食べる姿だったり、堂々と机に伏せて眠っている姿だったり
自由気ままな姿が可愛くて、羨ましくもありました
…確かに、私とは対照的な存在だったかも知れません
だけど彼女は私にとって、唯一無二の存在だったんですよ
貴方もそれはご存じでしょう
分かってます、私はクラスに溶け込めてはいなかった
入学してからの暫くは誰とも喋らず、何をするにも一人でしたからね
それでも次第に友達が出来て、笑えるようになったのは彼女のお陰です
人間関係が苦手で、あまりにも周りを警戒する私の壁を彼女は和らげてくれました
もしも彼女が居なかったら、私は卒業も出来なかったんじゃないかと思います
そのくらい、彼女は私に良くしてくれました
だから彼女へ恩返しをするどころか、裏切ってしまった私が大嫌いだと言われたのは当然の結果でしょう
さて、そろそろ本題に入りましょうか
ですがその前に、貴方が今回私を呼び出した目的を教えて下さい
先程も言った通り、その返答次第で私は何も話しません
…あぁ、その手紙でしたら私の元にも届きましたよ
たった一行、入籍しました…あの人らしい手紙ですね
あの二人が再会したってだけでも奇跡なのに、入籍までしたなんて、夢だとしか思えません
聞きたい事が山程あって、今すぐにでも会いたい気分です
絶対に行かないと決めているから、少しばかり歯がゆいんですけどね
何故?
そんなの簡単ですよ
あの人は此方からの接触を望んでいない、それが分かるからです
そうでなきゃ、もっときちんとした手紙を書くでしょう?
ただ一言結果を教えてくれたのはあの人なりの気遣いに違いありません
自分と同じように過去を悔やむ私に…彼女と、自分の幸せな今を報告してくれたんですよ
…今、何て仰いました?
本当に、本当に…会いに行った、と?
どうして、そんな…
義務?罪悪感?
…ははっ…下らない
あまりにも下らなくて、笑いが止まりません
貴方は賢い人だと思っていたのに、まさかそこまでの馬鹿だったなんて…っ!!
どうしてそんな勝手な真似を?
あの人や彼女に呼ばれたわけではないでしょう?
仮にあの二人が過去に繋がりのある人物を自分達の元に呼ぶとしても貴方だけは有り得ない
理由は言うまでもありませんよね
貴方も自覚している筈です
そう自覚していながら自分からあの二人に接触したのは何故ですか
………そんな嘘は要りません
貴方はあの人からの手紙をきっかけに二人を思い出し、興味本位で近付いたんだ
何も知らないで、傍観者ですらなかったのに
そのくせ教室内での面倒事を彼女に押し付けていたんだ
味方のフリをしては彼女を追い詰めて………最低だ
結局、貴方もあの男と同じじゃないか!!
…すみません、頂きます
その、先程は…本当にすみませんでした
いえ、そう言わないで下さい
こういう時は慰められるより、叱られた方が良いですね
貴方をあの男と同じだとは言いましたが、それは私もなんです
私は彼女が誰に追い詰められ、どんな問題を抱えているかを知っていました
えぇ、何度か直に会った事もあります
男が現れる度、彼女は私の隣に居ました
…気が付けば、あの男の隣で私に怯える彼女を目にするようにはなりましたが
既にお気付きの通り、彼女の失踪について何も知らないと言ったのは全て嘘です
彼女は何もかもを捨ててあの男を選んだ、それだけです
あの人と再会するまでの間、彼女があの男と何処でどんな風に過ごしていたかは知りません
ただ、幸せだっただろうなとは思います
あの人とは違う優しさに包まれて、幸せな笑みを浮かべていたんでしょう
………傍から見れば、狂っているとも知らずに
成程、殆どは此処へ来るまでに聞いているんですね
では、何故私を?
結構です、聞きたくありません
私の中での彼女は誰よりも幸せ者で、いつだって笑顔なんです
その彼女がどんな目に合って、どんな辛い思いをしたか
絶対に聞きたくないし、知りたくもない
まさか、自分だけが胸糞の悪い思いをしたからと私に共感させるおつもりですか?
貴方は自分だけの事を考えて、勝手に動いたからこその自業自得なのに?
彼女の失踪の責任を貴方に押し付ける気はありません
それを言うなら、私だって共犯者ですから
ですが、この件に関しては違うと断言出来ます
きっと今頃、あの人は貴方が彼女に近寄った事で不安を抱えている
そう、貴方は折角あの二人が築いた幸せに亀裂を入れようとしたんだ
その気があろうと無かろうと、結果は同じ
………私に謝るよりは先ず、あの人へ今後の関係は断つと念書でも送ってはどうですか
実は、数日後には公演が迫っているんです
初めての主役ですから、どうしても気が張ってしまって…
…この地図は?
地図と言うか、これは写真………あの人からですか
ははっ…これじゃあまるでバカップルだ
そうですか、あの人が、これを…
手切れ金、のようなものなんでしょうね
少し羨ましい気もしますが…私は、あの人から御呼びの声がかかるまでを待ちます
えぇ、一生無いという可能性の方が遥かに高いでしょう
それより…彼女のこの笑顔
あの頃と、全く変わってはいませんね
寧ろ、あの頃よりもずっと満たされているのが伝わります
幸せだと分かって、本当に安心しました
これを待ち受けに?
あの人の事だ、こんな恥ずかしいの設定出来るか、なんて言いつつしっかりと待ち受けにしているんでしょう
あぁ、本当に良かった
やっと、やっとあの二人が結ばれた
こんな喜び、もう二度と味わえない
本当に…本当に、本当に良かった
どうか、あの二人については忘れて下さい
これは警告です
それでもまだ近付こうとするのであれば、私は手段を選びません
騒がしくなってきましたね
人目に付く前に、此処を離れるとしましょう
…ご存知でしたか
そうですね、まだ実感が沸きません
何せ、学生の頃からずっと憧れの存在でしたから
まだ自分の名を名乗る事すら照れてしまうくらいで…早く慣れないといけませんね
幸せですよ、とても
あの二人の幸せが分かった今ですから、尚更幸せです
貴方には分からないかも知れませんが
校門前って、出会いの場というイメージが強いと思うんです
私の場合は別れの場となる経験が多くて、こうして立っているだけでも何だか落着けません
彼女が失踪した日とは別に、私は此処でも彼女と別れた事があります
あの時、あの男の腕を選んだ彼女を乱暴にでも連れ戻していたら…なんて、今更な後悔ですね
あの人とも此処で最後の言葉を交わしたんです
…ご想像にお任せします
そうですね、貴方とも此処で別れましたね
今だから言えるんですが、あの時頂いた連絡先は帰宅するまでに処分しました
一生、誰にも言わずに自分の罪として閉じ込める気でいたんです
………どうしてでしょう
懐かしさに気が緩んだ、とでも言いましょうか
すみません、着信が入ったのでそろそろ…
有難う御座います、必ず成功させてみせます
それではもう行きます
珈琲、御馳走様でした
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