この得体の知れない感情に終わりがあるのならまさに今だ。あたしは全然強くなかった。百歩譲ってこれが恋だとするなら、これほど残酷なものはない。
今日何かの間違いで啓介に会ったら、あたしはそのまま町を流れる大きな川まで走っていって入水自殺しかねない。
「―あれ、美代」
―…ああ、間違いは起こった。そもそも家が隣にあるのが最大の欠点だ。こんなシチュエーション、間違いどころか必然だ。今日こそ川まで走れそうな文化部の貧弱な足は、その声を聞いて加速するどころか一気に脱力してしまった。
啓介になんて、会いたくないのに。
「どしたの?今帰り?」
「……」
「…美代ちゃーん?」
「あたし、死んでくる」
「は?え、ちょっと待っ」
あたしは川まで走るはずだった足で、生まれて以来最高の速度で啓介の横をすり抜け自宅のドアを開けた。
「待てってば美代、」
啓介が慌てて追ってくる。あたしは今までの行動とは打って変わって、緩慢な動作で振り向いた。
「嘘に決まってんじゃん。啓介のバーカ」
(早紀ちゃんとお幸せに)
出かかった言葉はなかったことにして、ちょっと目を細め口角を上げる。笑うって、実はこんなに難しい。
呆けている啓介を後目に、じゃあね、と短く言ってドアを閉める。
たとえ百歩譲っても千歩譲ってもそれは恋だったのだから、胸を蝕むこの痛みがあたしを殺さないとも限らないな、とその日は思った。
片恋の入水自殺
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