真夏の庭に、古いスプリンクラーがしゅんしゅん音を立てて水を撒き散らしている。時折片側だけが詰まったように途切れ途切れ水を吐く姿は、不規則に血液が流動する静脈を想像させた。
「斎さんさ、」
私はスプリンクラーの周りでウチの犬と一緒に遊ぶ龍くんの存在を、そこで初めて意識した。龍くんのオレンジのTシャツは、静脈が吐き出した水に濡れて所々色が濃くなっている。
「オレと結婚したら、斎さん“斎藤斎”になるんだよ。斎さんの字は斎藤の斎じゃん」
それって可哀想じゃん、と龍くんは真面目に言った。私は溶けかけたスイカバーをくわえて目をしばたいた。赤い部分は私が、緑の部分は龍くんが食べるという不公平な暗黙のルールが出来たのは、いつのことだっただろうか。
龍くんはスプリンクラーが水を散らす範囲を出て、私のとなりに寝転んだ。
「でもさ、」
私はサンダルを脱いだ足の裏で、芝をさわさわと撫でる。龍くんはそれを見ながら続ける。
「斎さん、オレと結婚しないもんね」
私は今度こそ驚いて龍くんを見た。龍くんは微笑んで私を見ていたが、そこにある感情は読み取ることが出来なかった。
「オレ知ってるもん」
よっこらしょ、と私より二つも年下の彼が親父臭く身を起こす。舌をべろんと出して走り寄ってきた犬をくしゃくしゃと撫でている彼は、いつもの無邪気で人懐っこい龍くんと同じはずなのに、なぜか私には違う誰かのように見えた。
「スイカバー、ここについてるよ」
彼は自分の右頬を指差す。私はぼうっとしたままその仕草に見とれていた。
彼はそれを見るとしょうがないな、と笑って私に歩み寄り、左手の親指で溶けたスイカバーを拭った。ついでに両手で私の口角を持ち上げる。
「今頃気づいたんなら、そんな顔しないで幸せになってよ」
ね、と笑った彼の顔はいつもの龍くんだった。私はこの上なく不細工な顔をして、いつものようにスイカバーの緑の部分を龍くんに差し出した。
「あーあ、斎さん、どろどろじゃん」
それはスイカバーのことだったのか、私のことだったのか分からなかった。
龍くんは笑って受け取ると、いつものように一口で平らげて笑ってみせた。
私はもうじきこの家を出ていく。
幼馴染み
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