続・
左手薬指の罠
「シュン、タイムカプセルに何入れたか、覚えてる?」
「……タイムカプセル?小学校の?」
理恵に問われて、考えこんだ。未来の自分への手紙と、何か自分の宝物というベタな代物たちを持ってこいって言われて、
「忘れた?」
「……かもしんない」
あっそう、と素っ気ない返事が飛んでくる。長いというよりびっしりと濃いまつげがふいっと伏せられて、次に首がくるんとそっぽを向き、続いてポニーテールが空を掃くように揺れた。それを見ていたら、自分が今何を思い出そうとしていたかなんて、頭からぱっと掃き出されて消えそうになる。目を軽くしばたたいた。最近18歳の誕生日を迎えた理恵は、なんだか急に大人びたように思う。そんな理恵を見ると、なぜか少し焦りがわく。
「理恵は、覚えてんの?」
「さあねー」
「さあねってお前」
「ともかく、たいていの人は忘れるじゃん。でも忘れてる方が絶対いいよね。そんなの、多分タイムカプセルの中身くらいのもんだよ。」
「はあ?」
「うーん、ハタチかあ……」
「……」
ハタチになった自分なんて、全く予想がつかない。高校三年生の夏がもうすぐ始まろうとしている。就職か進学かなんて現実的な未来を見るには、まだこの季節は浮ついている。去年までとは大違いだ。同じ制服を着た先輩の後を追うだけで、自分の未来は簡単に定かになった。今は少し先の未来さえも定まらない。来年の春が来たら、否応なしに大人というレッテルに縛り上げられるのに、まだ大人になるのは、怖い。そんなの理不尽だ。
「ハタチのシュンなんて、全然想像つかないなあ」
「どういう意味だよ」
「どうって、そのまんまだよ」
理恵はぱっと立ち上がった。曇り空に白いブラウスが滲む。梅雨の明けない鬱屈とした空に、理恵の後ろ姿が凛と浮かび上がった。
「タイムカプセル開けるとき、あたし絶対行くよ」
こちらを見ずに理恵が言った。タイムカプセルに何を入れたか、俺は覚えていない。タイムカプセルの中身は、長いような短いような年月を経て、自分が何を、どんな気持ちで入れたかということを忘れているから、掘り出すときに価値があるのだろうか。「思い出す」ことが価値なのだろうか。
理恵は、呆けたように白い空の下をまっすぐ歩いて行く。ポニーテールが一歩一歩に合わせて生き物のように跳ねた。夏はまだ顔さえも見せないが、ただ確実に歩み寄ってくる。
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