「きもちわるい」
5センチほどのアショロトルが一匹入った小さな水槽に掌を充てて、彼女は呟いた。アショロトルはぼんやり白く発光しているかのような体を、水底に預けてじっと動かない。時折思い出したように顔の周りの外鰭をふわ、と棚引かせる。それはそいつが生きている証だった。
「…きもちわるい」
彼女はもう一度呟いた。そうして静かに俯く。僕は黙って彼女の肩に手を置いた。やがてその肩が音も立てずに震え出すのは、彼女が生きている証だった。
彼女はまるで、夜が取り落とした星々から産まれたような容姿をしている。真っ白い肌はミルキーウェイを想像させるほど滑らかで、青紫の瞳はいつだってとめどない宇宙を映す。そして艶やかな髪は潤いに満ちた銀河色だった。
僕はそれをとても美しいと思うのに、彼女は彼女が嫌いだと言う。
こんなことはおかしいのだが、僕はそれを聞くたびに、まるで自分に対しての言葉のように傷ついたりした。
だから、僕は彼女の名を呼ぶ。
「杏樹、」
「…気持ち悪いと、思うでしょう?」
同意を求めるような声を発するけれど、彼女が望んでいるのは単純なイエス・ノーでないことくらい、僕には分かっていた。
水槽に入った、彼女と同じ病気のアショロトルに目をやる。ゆるゆると泳ぐアショロトルは狭苦しい水槽の中でガラスの壁の一辺にぶつかると、ひたりと歩みを止めた。
「可哀想だ」
僕が呟くと、彼女は上げていた顔を先ほどよりも深く俯けた。何も言わなくなった彼女の肩から手を離す。
「せっかく生きているのに、こんな狭いところに閉じ込められて」
沈黙が流れた。
彼女も僕もアショロトルも、動きを止める。狭苦しい部屋に満ちた空気も、流れを止める。全てが全てに耳を澄まして、全てが全てに耳を塞いでいた。
静かな部屋にガラスの割れる音が響く。彼女が目を丸くして僕を見る。その目はやはり宇宙のはじまりを映していた。
「陸に出よう」
「……え」
そして願わくば宇宙にも。
僕の言葉は続かなかったが、手に掬ったアショロトルは元気に手足をばたつかせた。僕は彼女の手を引いて、空気を裂くように部屋を出た。
閉鎖宇宙のアルビノ
アルビノ:眼皮膚白皮症
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