僕、佐々岡純平は、牧野智衣が嫌いです。
少し垂れ下がった目尻。笑うと右頬だけに出来るえくぼ。照れると前髪を撫でる癖。僕は、彼女のそんなところが特に嫌いです。
「ちー、」
僕が苛々とその名前を呼べば、彼女は僕を睨むように視線を向けるのですが、なにぶんたれ目なのでちっとも迫力はありません。
「何よ、」
「向こうで食えって言ってんだろ」
「どこだっていいじゃん」
ちーは唇をとがらせてそう言いました。彼女は昔から頑固なのです。僕は中二にもなってちーと一緒に弁当を食べる気などさらさらないので、くっついてくる強情なちーが、正直鬱陶しくて仕方ありません。まるで小さい妹がどこへ行くにもついてきてうんざりしている兄のような気持ちです。(幼なじみで同い年、しかも実はちーの方が僕より一ヶ月早い生まれなのに。)
「いいじゃん純平。ちーちゃんと一緒に食おうよ」
僕の隣で弁当を広げていた龍太が呑気なことを言います。味方がつくとなると、ちーの強情っぷりは輪をかけてひどくなるので、僕はため息をつき、それ以上何も言いませんでした。ちーは勝ち誇ったような表情をすると、いそいそと僕の向かいで弁当を開け、いただきますと小さく手を合わせました。
試合後の空は龍太のように呑気に晴れ渡っていて、雲一つありません。砂埃臭いユニフォームの袖で額を拭えば、日焼けした顔がヒリヒリと痛みます。そこらに転がっている軟式ボールはほとんどが新しい試合球で、日光にその白を反射させて眩しいほどです。
僕は午後の試合のことを漠然と考えました。ちーは龍太と何か話しながら笑っています。右頬のえくぼが、日焼けして赤い肌の上に、小さく影を落としています。僕はまじまじとちーを見ていたことに気づき、思わず目を逸らしました。一年生のマネージャー二人が部員に飲み物を配っています。
お前もマネージャーなのにいいのかと、再びちーを見ると、弁当箱に残ったアスパラに戸惑ったように箸が泳いでいます。ちーはアスパラが嫌いでした。ちーの、好きなものを最初に食べてしまうところも、あの人に似ているから僕は嫌いです。
「お前、まだアスパラ食えないの?」
「…うるさいな」
ちーの箸はまだ、弁当箱の上をうろうろしています。僕はそれがもどかしくて、まだ残っていた自分のハンバーグを一欠け、口に入れました。
「ちーちゃん、アスパラ嫌いなの?」
龍太の問いかけに、ちーは小さく頷きました。
「家族みぃんなアスパラ嫌いなんだよ。お母さんてば、何でいっつもアスパラ入れんだろ…」
きっと由衣ちゃんのにも入ってる、とちーは呟きました。僕はぎくりとして箸を止めました。ちーは黙って弁当箱の隅をつついています。気づいていない様子のちーにほっとして、僕はハンバーグをもう一口食べました。
由衣ちゃんはちーの一つ違いのお姉さんで、僕の好きな人でもあります。少し垂れ下がった目尻。笑うと右頬だけに出来るえくぼ。照れると前髪を撫でる癖。そして、好きなものを最初に食べてしまうところも全部、ちーとそっくりです。
「きっと由衣ちゃんなら、残さないで食べるんだろうな」
「はは、すごいね」
龍太がカラカラと呑気に笑います。
結局アスパラは食べないまま弁当箱の蓋を閉めるちー。そのちーの発言に対して、「自分は由衣ちゃんのそういうところが好きなんだ」と、僕は誰にともなく心の中で主張していました。ちーは上の空の僕を見て、一瞬全て分かっているような表情を見せ、そのあとすぐに拗ねた子供のような顔になりました。僕はそれに気づかない振りをして、弁当箱を片付けました。
弁当箱の思惑
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