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左手は憂いの色を帯びて滑る。
右手は喜びを隠さずに踊る。
堂々と矛盾をさらけ出すことが許されているのは、唯一鍵盤の上だけであった。

この間切り揃えた前髪は、時折譜の上に走らせる目線の邪魔になるには些か短く、無造作に眉の辺りをくすぐる。オクターブを跨ぐ親指と小指は水平よろしく開かれており、しかし鍵盤を踏み外すことなく音階を上っていく。右足がダンパーペダルを押さえ、指の弾き出す音が宙に霧散した。

体得した律動が手足の末端に集約され、具現化する。ピアノと対峙するにあたり、研ぎ澄まされた五感はある程度必要である。集中の糸が切れれば、いとも簡単に指先は嘘をつく。しかし精密さだけを指摘する講師には正直うんざりしていた。譜面上の音は逆説的にも、厳密な長さを内包してはいない。あくまで標なのだ。例えばいくら楽譜に忠実であったとしても、ショパンの曲をショパンの思惑通りに弾くことなど誰にも出来はしないだろう。

低いキーに左手が貼り付く。音が曖昧な響きを持って伸びる。右手は平常を装って無理矢理にスキップをした。ピアノとはこんなにも心理を描写するものである。劣情的な恋の旋律が、僅かに余韻を残して終結した。わたしはそっと溜息をついた。



ピアノ
































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