◇With you◇
「ちょっとやっておきたいことがあるんだ。」
その言葉を合図に、カチャカチャ、と不規則な音のリズムが部屋の中に響き始めてから早数時間。
ゼロスは不機嫌になっていた。
はぁ、と溜め息をついて音の出所である人物――ロイドを見やる。
こちらに背を向けて座っているため、何をやっているのか伺うことはできないが、先程ちらりと見た限りではアクセサリーか何かを作っているようだった。
邪魔をしては悪いと思い、ゼロスはゼロスで剣の手入れをしたり、明日の準備をしたりして時間を潰していたのだが、いかんせん長い。
普段の彼は飽きっぽく、何でもすぐに投げ出してしまうというのに、どういう訳か今は投げ出す様子を微塵も見せず、まるで何かにとり憑かれたかのように夢中で作業に集中している。
(おれさまは放置かよ……)
はぁ、と何度目になるかもわからない溜め息が出てしまうのも無理はないとゼロスは思った。
なぜなら、最近はなにかと野宿が多く、たまに宿をとれたとしても大部屋で、ロイドと二人っきりになることが少なかったのだ。
今日は久しぶりの二人部屋。
それも、恋人であるロイドと一緒。
にも関わらず、部屋に入るなり先程の台詞を言い放ち、現在進行形で放置されているこの状況。
いい加減、痺れを切らしても仕方がない。
というか、よくここまで耐え抜いたと、自分で自分を褒めてあげたいほど。
そろそろ、我慢の限界である。
もうこれは声をかけてもいいだろうと思い、ゼロスは行動に移すことにした。
「……ハニー」
「ん〜?」
気のない返事。
視線すらもまだ手元に向けたままであることに、挫けてしまいそうになる心。
けれど、そんなことにゼロスは負ける訳にはいかない。
頑張れおれさま!と、自分にエールを送り、再度チャレンジする。
「……ハニー。おれさまウサギちゃんなのよ〜?」
言った直後、しまった!と後悔する。
お馬鹿で素直なロイドに、回りくどい言い方で真意が伝わるとは思えない。
案の定、「ん〜?何言ってんだよ。ゼロスは人間だろ?」なんて、呆れたような声音で至極当たり前な言葉だけよこして、変わらず意識は手元に集中したまま。
予想できていた結果とはいえ、やはりここまで自分よりも作業を選ばれると辛い。
確かに、ロイドにとっては伝わり辛い言い方をしてしまった自分にも多少なりは非があるかもしれないけれど、それでもやっぱり気付いて欲しいというのが本音である。
もしかして、イチャつきたい、なんて思っているのは自分だけなんだろうか?
そんな考えがふと頭に過る。
思い返せば、かまって欲しいと相手に引っ付きに行くのはいつも自分からで。
そんな自分を嫌がるような素振りを見せたことはなかったけれど、仕方ないな、という雰囲気を感じ取ることは多々あった。
今だってそうだ。
久しぶりの二人きりだというのに、恋人をそっちのけで作業に没頭している。
そこまで考えて、嫌な予感が頭を過った。
――もしかしてロイドは、もう自分のことが好きじゃないのかもしれない。
そう思い至った瞬間、血の気がサアッ、と引いていくのをやけにリアルに感じた。
そんなことはない、自分の思い過ごしだ、と言い聞かせるも、一度考え出した負の思考は、頭の片隅で止まる術を忘れたかのように目まぐるしく回る。
好きなのは自分だけじゃないのか?
本当は気持ちが冷めてしまっているのに、自分を傷つけないために仕方なく付き合ってくれているのではないか?
そもそも、本当は最初から自分のことなんて好きではなかったのではないか?
(違う!ロイドはそんな奴じゃない……!)
カタカタと小刻みに震える身体を、まるで自分を守るかのように抱き締める。
(俺は、ロイドのことを信じるって決めたじゃないか!)
ロイドの気持ちを信じられないなんて、立派な裏切り行為だ。
――もう、絶対に裏切らない。
そう決意したじゃないか。
精一杯気持ちを奮い立たせ、ゼロスは今一度、ロイドに声をかけた。
「……ハニー、知ってるか?ウサギってのは、寂しいと死んじまうんだぜ?」
だから、かまってくれないとおれさま死んじゃう〜!
言いながら背中越しに抱きつけば、温かい体温に心が落ち着いていくのを感じた。
けれど、ロイドの反応が怖いのも嘘ではなくて。
不安をまぎらわせるかのように、抱き締める力を強くすれば、ゼロスの行動に僅かながら違和感を感じたのだろう、「どうした?」と巻き付いた手を握り返しながら振り返るロイド。
ただ、それだけのことなのにどうしようもなく嬉しくて、目の奥が熱くなる。
そのことを気付かれないように、肩へと顔を埋めれば、ふんわりと頭を優しく撫でられた。
「……ゼロス、どうした?」
まるで小さな子どもをあやすかのように、ポンポンと頭を撫でながら問いかけてくるロイド。
それに少しの恥ずかしさと心地良さを感じながら、ゼロスはポツリと小さく呟いた。
「……寂しかった」
感じていた思いを一つずつ口にする。
構って欲しかったこと。
不安だったこと。
……一瞬だけとは言え、裏切ってしまったこと。
全て吐き出すと、胸が少しすっきりしたような気がした。
「……ごめんな、ロイド。俺、本当に最低な奴だ」
ロイドの顔を見るのが怖い。
面倒臭い奴だと思われるかもしれない。
このことがきっかけで嫌われるかもしれない。
けれど、逃げずにきちんと向き合わなければ!
意を決して顔を上げる。
見上げた視線の先、そこには険しい表情を浮かべたロイドの顔があった。
やっぱり、
(嫌われた、かな……)
そう思った瞬間――
「ごめん!」
「……へ?」
勢いよく謝り出したロイドに、思わず間抜けな声を出してしまった。
「……何でロイドが謝るんだよ。悪いのはお「違う!」」
悪いのは俺、と続くはずだった言葉は、ロイドの言葉によって掻き消される。
「違う、悪いのはお前じゃない。だってお前がそんな気持ちになったのは、俺がお前に寂しい思いをさせてしまったからじゃないか。……だから、元を辿れば俺が悪い。それに何より……」
ふと視線を落としたロイド。
手は固く握り締められ、震えていて。
「……何より、気付いてやれなかった自分が腹立たしくて仕方ないんだ……」
苦々しく吐き出された言葉達。
それは、ゼロスを責めるものは一つもなく、むしろ自分自身を責めるものばかりで。
「……本当に、ごめんな。」
こんなにも自分のことを思ってくれていたロイドを、一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「俺も、ロイドの気持ちを疑ったりして本当にごめん。……こんな俺でも、まだ付き合ってくれる……?」
「当たり前だろ!絶対にゼロスを手放したりするもんか」
満面の笑みで応えてくれたロイドに、どうしようもない嬉しさと愛しさが込み上がる。
「……ありがとう!」
その気持ちが少しでも多く伝わればと、ありったけの想いを込めたキスを贈った。
「それでロイドは一体何を作ってたんだ?」
「えっ!?……それは、ええと……」
目線を泳がせながら口ごもるロイドに、黙秘権はないとばかりに笑顔を浮かべる。
すると、観念したようにため息を一つ吐いた後、言いにくそうに口を開いた。
「……指輪だよ」
「……指輪?」
オウム返しに聞き返せば、こくりと頷いて。
「ゼロス、もうすぐ誕生日だろ?……だから、プレゼントにと思って……」
本当は当日に言いたかったのに、とぶつくさ言いながらも、照れくさそうに頬を染めるロイドの姿。
(やばい、嬉しすぎる……!)
誕生日なんて嫌な思い出しかなくて、毎年近付く度に嫌気がさしていたけれど。
でも、次の誕生日が待ち遠しくて仕方がないのはきっと、大好きな人が一緒にいてくれるからで。
「楽しみにしてるから!」
心からの言葉と共に、また一つキスを贈る。
今年の誕生日は特別な日になりそうだ――
出遅れましたが、610デイ記念のお話です!
いやもう意味わからないですねすみません;;
最後のオチが無理矢理終わらせた感でいっぱいです\(^O^)/
もう二人が幸せならいいんだよ←
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