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「お前…ぁンだそれ…」
「あっ!真田!」









Do you like glasses?













もう何度目かになる行きなれた武蔵森の寮の中を、ズカズカと歩く。
そしてこれまた見慣れた扉を容赦なく開けると、そこには能天気な顔をした人物がいた。


「おーっっす!真田ァ!」
「あ、真田、久しぶり」


ミンミンと蝉のうるさい夏の日に、よくもここまで暑苦しいテンションでいられるな、と一馬は目の前の人物に少しだけ睨みながら、もう一人の人物へと視線を動かした。


「あ、笠井も来てたんだ、久しぶり」
「…うん、毎年この役は俺だからね…」
「…はは、おつかれさん」
「うん、でも今年はこの後ちょっと用事が入っちゃって…それで真田にとばっちりが行っちゃったみたいで、ごめんね」
「気にすんなよ、……悪いのは全部あいつだし」
「はは、確かに…」


じゃあ、ごめん、俺はこれで行くね、と、自分とすれ違いに彼は出て行ってしまった。
毎年この男の面倒を見させられているのかと思うと、可哀想で仕方がないな、と一馬はその背中を見送った。


「…フゥ、すずし」
「ひさしぶりい!」
「藤代、うざい」


少しだけ疲れたような笠井の背中を見送り、扉がパタンと閉められた所で自分も床に座り込んだ。
ふわ、と流れてくる風が爽快だと感じながらも、それでも、各部屋にしっかりと冷暖房設備が付いているこの学校に、一馬は眉間を寄せる。


(金持ち坊っちゃん学校め……)


大体、寮なんてものは集団生活を覚えるためのものであり、こんなに快適である必要はないんだと、そう思いながらもここに来るまでに上がりきってしまった体温を下げようと、一馬は冷房の風の直下に座り込んだ。


「お、麦茶」
「あっ!それはっ!」


そして、勉強のやりかけであった低い机の上に水滴を垂らしている麦茶が置いてあり、そのカランといった涼しげな音に一馬はつられ、その麦茶を勢いよく飲み干した。


「…タクのだから…って…」
「だったら余計に大丈夫だろ、笠井はそんなの気にしねえよ」
「いや、だったら俺のを飲んでくれたらなって…」
「ハァ?別にどっちでも関係ねえだろ」
「だってそしたら間接ちゅー…」
「そういうくだらない事を言っている暇があったら俺用の麦茶をすぐ出すぐらいの気を使ってみろよ」


突然大きな声を出して部屋の主が叫んだと思ったら、相変わらずくだらない事を言ってくるので、少し湿ったTシャツをパタパタとしながら一馬は藤代を一括した。


「で!!仮にも夏休み真っ只中の、この俺を!わざわざ呼び出して!何の用でしょうか!藤!代!サン!」
「あ、はは……課題を、少し手伝って頂けないかな〜…と」
「アホか!!!!!!!」


課題はなあ、一人でやってこそ意味があんだよ!つうか人の迷惑だ!
少し暑さで苛立っていた感情を、そのまま藤代にぶつける。
そうすれば、さすがに申し訳ないと思っていたのか、眉を下げて笑いながら、藤代がポリポリと頭をかいた。


(ったく…)


わざわざ寮にも来てやって、しまいには夏休みの課題を手伝えと、コイツは俺がどれだけ甘やかしてやってるか、気付いてもいないんだな、とまた苛々し始めてしまう心をどうどうと抑えて、とりあえず座れよ、と藤代に言えば、とても嬉しそうな顔をして、ぴったりと真横に藤代が座り込んだ。


「…あつい…向かい側座れよ、お前」
「やだ!だって真田と会えるの久しぶりだし!!」
「言っとくがな、そういう事をするんだったら俺は速攻で帰るからな」
「……ハイ」



ぴったりと肩を寄せる藤代に、一言だけ注意を促すと、少しだけ離れた藤代が、それでも嬉しそうにへへ、と笑った。


「あれ……そういえば、お前眼鏡なんかかけてたっけ?」
「気付くのおっそ!」
「いや、入った時からわかってはいたけど」
「つっこむのおそくね??」
「つっこんだだけ、ありだたいと思え」


それもそうか、なんて笑う藤代に、いや、それもそうかじゃないだろ、と思いつつ、いつも見慣れない眼鏡をかけた藤代を、少しだけみつめた。


「タクにね、借りたんだ!」
「…お前目ぇ、悪かったっけ?」
「いや、これつけたらちょっとは頭良くなんないかと思って!!」


ホラ、ちょっとインテリっぽいっしょ?
なんて立ち上がり自慢気にポーズを取る藤代に、一馬は盛大に溜め息をついた。


「頭良い奴はなぁ「頭良さそうに見えるでしょ」なんて言わねえんだよ…」
「えっそう?!」
「お前のその言動が、馬鹿そのものだ」


眼鏡つけたら頭良い奴に見えるだなんてそんな事、どこぞの漫画かよ、なんてつっこみは心の中でして、テンションのあがってしまった藤代に良いから座れとその手を引っ張った。


「へへー」
「いいから課題を終わらせろよ、課題を」
「あっ!そうだった!」
「…何が終わってないんだよ」
「えっとね、英語はタクに手伝ってもらったからあとちょっと!で、理科は出来てる…あとは全部手付かず!!」
「ハァ!?終わってんのそれだけかよ!夏休みもう半分以上終わってんのにか!?」
「うん。今年はタクに怒られて、早く始めた方だよ〜?」
「バッ…」

かだな、なんて言葉はもうこの馬鹿には言うのも面倒臭くて。
一馬はあとどれだけの量をコイツとやらなければならないのかと頭を抱えた。

が、落ち込んでいても時間が過ぎるだけで無駄になるだけだと、机に広げられたその教材を一馬は手に取った。


「えー…英語があと少しで…理科は終了…あ?理科どうしたんだよ、ホントに全部出来てんじゃん」
「うん、まあ理科はねー」
「なんだっけ、三上?…だっけ?手伝ってもらったのか?」
「いや、違う。理科は得意だから、自分で」
「えっ!?」


お前にも得意科目なんてものがあったのかと、驚いて藤代を見つめればえへへ、なんてだらしなく笑うものだから、なんとなくムカついてその頭をはたいた。
すると、大げさに頭を抱えた藤代が痛い!とひとこと叫んだ。


「ッテー!なんで叩くのさ!」
「いや…なんかムカついたから」
「なにそれ!!」


いや、だってこの調子で他の教科も全部やってくれよと、その集中力が運動と理科にしか向かない藤代に、一馬は小さな溜め息をついた。


「あとはー…あっお前!これ感想文!今から読まねえと間に合わねえよ」
「あっやば、その本まだ準備してないや」
「っお前なああああ」


本当に、ここまで一切手付かずかよ、ともう一度一馬は頭を抱える。
どれからやっていいのかもわからないくらいの量の多さに、やっぱりこの学校は楽だけじゃないな、なんて一馬は心の中で呟いた。


「…お前、ほんとにスポ薦だけなんだな…」
「なっ!失敬な!だからこうやってがんばってんじゃーん!」
「わかった、わかったからホラ、数学から片付けんぞ!」
「うっげー」


バサバサと机の上を片付け、まずは数学から、と藤代の前にプリントとノートを広げた。
しかし、少し読み出した所で、一馬は眉をひそめる。


「おい…武蔵森ってこんな簡単なのやってんの…?」
「えっ!うっそ、真田ってやっぱり頭いいんだねえ」
「アホ!」


武蔵森の課題というから、どれだけ難題かと、実は少しびびっていたりした一馬は、想像よりいくぶんか簡単なその課題に、そっと胸を撫で下ろした。
…それよりも気になるのは、目の前の男の学力である。


「…おまえどんだけ馬鹿なんだよ」
「いや、だから馬鹿じゃないって」
「いいから課題やれ」
「はーい、あれ、そういえば真田の課題は大丈夫??」
「夏休みの初めにとっくに終わってるに決まってるだろ」
「はは…さすがA型…」
「いいからさっさとやれ」



一向に進まないシャーペンを少し不安に思いながらも、少しずつ机に向かいだした藤代に、一馬はそっと体の力を抜いた。

じっと、ノートに向かう姿は、やはりどこか新鮮で。
少し斜めから見える顔とか、横髪から見える眼鏡ごしの瞳だとか、見慣れた顔のはずなのに、やはり少しだけいつもと違った。


(…こうやって黙ってりゃな、確かに顔はいいんだよ…)


じっと机に向かう姿は、やっぱりどこか格好良くて。
眼鏡のせいもあると思うのだけど、それでも、コイツを魅力的にしてしまうものの一つだと言う事に、一馬は男としての魅力の差にちょっとムッとしつつ、藤代を見続けた。


「……なに?」
「っ!なんでもないっ!」


すると、そんな自分の視線に気づいたのか、藤代がこちらを振り向く。
ふっ、と笑った藤代とばっちりと合ってしまった目と、見ていた事を知られて居た事に、一馬は恥ずかしさを抑えきれずにフイと顔を逸らす。

けれど、クスクスと言った藤代の笑い声はしっかりと耳元に届いていて。
その事にまた恥ずかしさがこみ上げ、一馬はその顔を更に赤くさせた。


「ねえ、真田」
「いいからお前…!早く課題やれって!」
「…ちょっと俺に見惚れちゃったでしょ?」


ス、と一馬の手の甲に、藤代の手が合わせられたかと思うと、そのまま指を絡められ、そしてその腕をくい、と引き寄せられる。
その久しぶりの体温に、また顔の熱が上がる気がした。



「…やっぱ眼鏡効果アリ?」
「うるせえよ!」
「格好良いっしょ?」


手のひらを絡め繋いだまま引き寄せられ、藤代の顔がどんどん近づいてくる。
ドクドクといった心臓の音が、胸から全身へ、流れているような感じがした。


「ふ、じ……」
「ごめん、久しぶりだからさ、ちょっとだけ」
「やめ…!おまえ、俺は課題やりにっ!」
「あとでちゃんとやるから」


ね?そう行って少しずつ近づいてくる藤代に、一馬も同じく少しずつ後退する。
けれど、肘が床に付いたところでそれ以上下がれなくなり、その唇は捕らえられた。


「ん、んんっ」
「っあー…超久しぶり、真田の匂い」
「しね…!」


キスをするときに、鼻に少しだけ眼鏡が当たるのが、どうしても扇情的だった。
離れた顔は、いつも見慣れたはずの嬉しそうな笑顔に、やはり少しだけ見慣れない眼鏡が合わさっていて。


(格好良いなんて死んでも言うもんか…!)


唇が離れた途端、悔しくて、ゴン、という音と共に藤代の頭に鉄拳を落とした。
藤代は少しだけ涙目になったけれど、それでもふわりと嬉しそうに笑った。






「…でも、しばらく眼鏡はいいかな」





そう、そっと囁く藤代の声を聞きながら、
もう一度近づいてくる藤代の顔と、後ろから頭を引き寄せる藤代の腕に抱かれ、一馬は今度こそ諦めて自分から瞼を閉じた。






「キスするときに…邪魔だからさ」
「……バーカ」













お馬鹿眼鏡
(眼鏡かけてても賢いとは限らない!)



Fin






お題企画サイト【fischio】様の企画に参加させて頂きました!
一回書いたものが消えて、ちょっと切ない中書いたんですが、楽しく書かせて頂きました!
ちょっと当初の予定とは違う感じになったのですが、これはこれで良しとしますw

藤代は、得意科目だけものすごい点が良いと思っていますw
集中力は、好きなものに使う!それが彼のポリシーだと私は信じているw
三上先輩とか渋沢キャプとか出したくなったのを頑張って抑えてみたりしました^^
久しぶりに学生な彼等が書けて楽しかったです!ありがとうござました!



あきゅろす。
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