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7.
「気がつかれましたか」
揺れる水辺の灰碧に夢の続きを思ったがしかしそれはするすると小さくなり果ては二つの瞳になって。「ごくでらくん」男がかすかに焦燥の色を浮かべ見下ろしていた。綱吉は目をしばたかせるひどい悪夢を泳いでいた気がした、兎耳とか猫耳とか。「心配しましたよ、失神されたと聞いて駆け付けました。シャマルの野郎に何かおかしなことはされませんでしたか」
「……へ」
現実をまだ受け入れられない綱吉が夢でなかったことを認めるまでには数十秒の時を要した。

西日の金に染め上げられる保健室で同じく金色にとける二人。
「姉貴は覚えてなかったと思いますが、」いつに無くきまりの悪そうな獄寺の訥々と語る声が別棟で休日練習に励む吹奏楽部の淡い音色に重なり合う。
「オレは確かに以前あの薬の餌食になってるんです」
「ビアンキはすっかり忘れてたみたいだけど」
「ええ…あれは失敗作でしたから」
「……獄寺君が飲んだの、」
「そうです。兎になる、と聞いて直ぐにピンときましたがオレん時は飲んだ直後に耳が生えてそのまま五分足らずで元に戻りました」
「えー。なんか、ずるい」
「10代目が飲んだのは目茶苦茶成功品でしたね。オレ、後で自ら調べたんですよ、一体何の薬を自分は飲まされたんだろうって」
「ひえー」
「そしたらとんでもねえ薬で、まあオレは耳がちょっと生えた以外何の効果も顕れませんでしたが」
「…あ、そうだあれ、あのー、マンゲツウサギソウっていうの使ってるの、」
「ええ、主成分です。これがないと話にならないんですが珍しい草なだけに入手が困難で……ご存知だったんですか」
「んーん、リボーンが」
「ああ。…これがすげえ草なんですよ、人体のホルモンバランスやら諸々急激な変化をもたらしたりもする様ですが更に催淫効果まであって体内に取り込んでから満月の干渉を受けると」
「あ、いい。獄寺君もういい」
目を閉じて綱吉は首を左右に振った。あの晩のことは、最後に時計を確認した零時前以降すっぽりと記憶が抜け落ちていたがその先のことは何だかとても思いだしてはいけない様な気がしてしかたない。余計なことは聞かないほうがいいと綱吉の中で守備部隊が拡声器片手に警告を発していた。
「…あー、でもそういえばなんでビアンキは自分で作った薬を忘れてたんだろ」
「……姉貴は、よくいえば頗る前向きな人間なんで過去の失敗なんざ直ぐに忘れてしまうんでしょう」
「あ…。でも意外にビアンキも失敗ってするんだ」
「今は殆ど無いと思いますが。以前は思う存分上達に励むことの出来る実験動物が居たので」
「……あ」
含みのある物言いをして獄寺はぼうっと遠くへ目線を放つ。昔を懐かしんでいるのだろうか、綱吉はどこか落ち着かない気持ちになって話題を変えた。
「ひどいよねこれ」自ら頭上の右耳をふいと引っ張る。勿論外れたりすることもなく相変わらずそれは存在を主張していた。
「猫耳ですね」
ベルベットの光沢を思わせる素晴らしい毛並みのそれ、無意識に手を伸ばしてしまいそうになる魅惑の塊だ。
「さわらないでね」不穏な色に気がついたのか早々綱吉は釘をさしてから嘆く様に呟きだす。「これ実はしっぽまであって」項垂れるほかない。ズボンの中で自由な身動きが取れないでいる長めなしっぽを踏まない様に座るのは大分難儀なことであった。「中できついし」少し臀部を浮かせ位置を変える綱吉。
「……まじすか」
「なんで嬉しそうなの」
「いえ別に」
嘘だ明らかに弾んだ気配を感じてやまないのですが、と。綱吉はますます溜息にまみれた。
「……ツンデレネコサン病、」
「……」
「て、いうんだ」唇を尖らせ不平を漏らす様に零す。「ふざけてるよね」
「…まあ、」
「シャマルがさ、寂しがり屋のうさぎならつんでれのねこで相殺されるって、言ったんだ」
「へえ」
「だから、病気は治ったよでも猫耳は」
「我慢しろと」
「うん。この際副作用みたいなものだと思えって」
「……はあ」
「病気は治ったよ」
「はい」
「でもこれから頭のこれはどうするの」
「素敵ですよ」
「自然に取れるの、」
「……可憐です」
「ずっとこのまま」
「いいんじゃないですか」
「なんにもよくないよ」
「オレは好きです」
「………」
吹奏楽の音色たちはとうに止んでいた。開け放たれた窓からは冷たく透明な夕の風が彷徨い込み皙い綱吉の喉を撫でてゆく、ペパーミントグリーンのカーテンがはためいた。空気を伝い、電車の走る音が微かに聞こえる……日暮れの匂いがした。
「…帰ろ、っか」
「はい」
「でもこれはどうしようみみ」
「オレん家に来ればいいスよ」
「…うん。……あ、のさ」
「どうしました」
「ひろいんだ」
「何が、」
「ベッド。広いんだ、ひとりで寝ると」
「ああ、まあキングっスから」
「………」
「それがどうしましたか」
「……ごくでらくん」
「何ですか10代目」
「もしかして狙ってた」
気付いたところで時既に遅し。男が張った計略の真上にまんまと綱吉は立っていた。
「まさか。………で、どうしたいんですか。独り寝のベッドが広すぎて、……10代目は」
恐らくはあのやたら大きな寝具を購入した時からのはかりごとだったのだろう、綱吉に自らの口でそれを言わせようと。何て大掛かりで気が長くて下らないことを考える男なのだろうか。
いやに愉しそうな獄寺、目元が人の悪そうな笑みに細められるどうしてこの人は時々こんなにもよくわからない所で頭を使いたがるのかなぞだ。「うわー」ここまできたら逃れられない、深呼吸、覚悟をきめて綱吉は。
「い、しょに…、」
「………」
「一緒に、ねてほし…、んだ、っ…、…ごくでら、くん、おれと」
「仰せのままに」
10代目。最後の言葉は互いの唇で分け合った。

薄明の遠く、
いざよいの幕がそうして二人に手繰られる。



Fin.


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(後日譚おまけ)
●A lie is love.●



「ねこみみですね」
「うん」
「……」
「………」
「……」
「さわったらだめだよ」
「……」
「……獄寺君」
「触りませんよ」
「うん」
「………」
「……」
「……、…」
「…いま肩にのってる手なんか上にのびてきそうなんだけど」
「伸びませんよ」
「……うん」
「………」
「ほんとだよ」
「ええ」
「……」
「……」
「獄寺君」
「……何ですか」
「だめだよ」
「はい」
「……やくそくだよ」
「そーですね」
「………」
「………」
「……獄、寺君」
「何でしょう」
「こしょばゆい」
「はい」
「うそつき」
「はい」
「もー。」



END

20070421



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