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三角座りで小さくまとまり膝を抱えてベッドに腰掛けていた綱吉はそのままこてんと転がってダークグレイのシーツに埋もれた。良質のスプリングはやけに気張ってバネを景気よく働かせ満面な得意顔で朗らかに綱吉を抱き留める、小柄な少年を一人搦め捕ることなど容易いとばかりにキングサイズの懐を見せつける真新しい寝具。さわさわと肌触りのよいそれに頬や指先、両足脇腹を這わせる綱吉を布地もまた嬉しそうに掻き抱いて。温かな人肌や撫でられる心地がよかったのだろうかベッドは、綱吉をいたく気に入った様子で優しくまるで堪能するかの様にか細い肢体全域に馴染んでいった滑らかな皮膚へ舌を辿らせる様に、ゆっくりと、されどよどみなく。
「気持ちいい」
綱吉を奪う布地は徐々に空気の僅かな隙間すら侵してゆき密着は限りなく臨界を挑んで皮膚が別離の終点を思い出す。時を同じくして部屋の扉をひらいた者がいた。「10代目、」獄寺だった、綱吉は驚くこともせずに起き上がろうとしたがあまりに気持ちのよい接触に躰が離別を拒んでしまい仕方なく視線だけ上げて獄寺を見上げる。「ごくでらくん」お帰り。続けた言葉の通りここは獄寺隼人の家だ。斯くしてこのベッドの本来の所有者が憎々しげに綱吉の寵愛を賜った不貞な寝具を睨み据えたのは最早言うまでもない、主人の居ぬ間に恋人を奪ったリネンをどう処分してくれようか。



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1.
壁にかけられたシルバーボディの時計が素知らぬ面で刻々と針を進ませる。何かの童話の通りきっと時計と時間はあまり仲が良さそうではないななんて綱吉は思った、刻むなんて。しかもあんなに無関心な顔で。時計に毎日刻まれて時間は痛くないのかなと不意に心配になった。
刻まれるなんて自分なら絶対にごめんだ。
「冷めますよ」スープ、不意に獄寺の声が注意を呼び掛ける。綱吉はそよ風の様に緩慢と意識を形而下へ舞い戻し、ぼうっとテーブルの上を眺めた。熱湯を注いで掻きまぜるだけで食べることの出来る簡易食品のそれに獄寺は苦笑雑じりで一瞥くれる。「温くなったらお勧め出来ません」所詮はコンビニで買える程度の物なので。「すみません」毎日こんなで。燃される葉が立ち上げる白煙に目を細めつつ謝辞を口にする獄寺を見ながら綱吉は頚を振る。「別にいいよ」冷めかかったポタージュスープをプラスチックのスプーンで掬い口に含めば、粉末とはいえポタージュスープには違いなく綱吉の口元は綻んだ。「おいしい」はなやぐ口あたりに心まで溶かされる、猫舌には丁度よい温度だと綱吉は思った。獄寺はまた苦笑いをしてひとつ大きくフィルターを吸うが、食事中の喫煙を咎める者など相変わらずこの席には一人としておらず、二人きりの食卓はしめやかに続く。


*****


「体調に変化はありませんか」
タオルを頚にかけた獄寺がベッドルームを訪れた。戸口に立ち綱吉を伺う。
「ううん」なにもないと小さく呟く声に安堵の吐息で男は応えた。
「何かあったらすぐに呼んで下さい」
そのまま踵を反し立ち去りかけた獄寺を咄嗟に綱吉は呼び止める。「どうしました」ひと呼吸の後肩口で灰碧の眼差しが振り返った。「あ、…なん、でも」しどろもどろの綱吉はシーツを握りしめる。やはりそれの肌触りはよかったが何故か以前の様な心地よさは得られなかった。
「湯冷めしないうちに床に入るんですよ」
綱吉の不安を見透かすように微笑んで獄寺は今度こそ扉を閉めた。「隣の部屋に居ますんで」戸を挟んだ不鮮明な声だけが残る。綱吉はちらと窓を気にしてから、絡む思考を拭えないまま床についた。不安。過ぎるのは五日前の出来事たちと、今日という満月の日。


*****

2.
発端はやっぱり獄寺姉弟。

『懐かない子は可愛くないわ』
何かが起こる前触れを感じさせる不吉な言葉を残して沢田家の台所を三日間占拠したビアンキがやり遂げた顔で久方ぶりにリビングに現れた五日前。その手にはいわくありげな紫色の小瓶が握りしめられていた。
たぷたぷととろみのある液体が中で揺れており、例によって見たこともない虫たちがその中で数匹溺れている。
「ツナ、これが何だかわかるかしら」
やけに上機嫌なビアンキに怯え綱吉は半歩後退るもしかし運悪くすぐ後ろには壁が待ち構えていた。
「わ、わか…んな、い」
何の効能があるのか等一切尋ねてはいけない気がする怪しげなその液体。ビアンキは追い詰められた綱吉の鼻先に小瓶を押し付けて口の端を吊り上げる様にして笑った。
「これはいわゆる惚れ薬よ」
「ほ、ほれ?」
「そう、隼人があんまりにも懐かないから。これを使えば少しはマシになると思うの」
「ええ……?」
「あら、私の腕前を疑っているの」
「え、や、そういうんじゃなくて」
「でも隼人は私の調理したものにある程度耐性が有る筈だからどのくらいの量を飲ませればいいのか悩んでいて」
「……へ…」
ビアンキのやけに真剣で輝いた眼差しが綱吉を突き刺す。
「多めに作っておいたからツナで少し試してみようと思うの」


*****


その後はまさに惨劇だった。
抵抗も虚しく飲まされることになった綱吉が瓶口を唇にあてた正にその時、室内を例によって駆けずり回っていたランボが電気コードに躓いて綱吉にぶつかり、安定を欠いた手元から瓶の中身は躊躇いもなくどぷどぷと溢れ出して小瓶はすっかりと空に。一口二口の筈が液体はその全てが綱吉の腹の中へと収められ、ビアンキは激怒、恐怖に失禁しながら泣きわめいたランボは案の定10年バズーカを撃つも室内に現れた死んだ筈であるかつての恋人そっくりな男をやはりビアンキは愛憎のまま殺害しようとした。
どこかで体験したような既視感たっぷりのパターン化した顛末始終そのくだり。

件の品はなかなか手に入らない素材から精製するらしく綱吉の犠牲によってしばらくの間獄寺の身の安全は確保されることとなったが、問題は犠牲者の肉体に起こるであろう変化である。用量を遥かに越えた服用をした綱吉は恐怖に震え慄いた。
事情を聞いたリボーンがビアンキに問い質したところあの薬にはまじないじみた伝承があり、仕上げに『うさぎの様に愛らしくなっておしまい』と唱えることで効果が強まるのだという。その呪文は眉唾物だが、つまり服用する量に比例して少量を口にすればまるで寂しがり屋のペットのように懐くようになり、多量であれば実際に兎になってしまうという効き目があるのだそうだが、そう説明しながらもビアンキ自身まだ兎になった人間を見たことはないらしい。ツナで確かめられるわね。なんて物騒なことを零していた。
更に材料の成分を詳しく聞いた家庭教師は意味深に鼻で笑ってそれはもう愉しそうに綱吉に忠告をくれる。
「満月には気をつけたほうがいーぞ」
意味を察せずに聞き返した綱吉には応えずリボーンは続けた。
「じきに生憎のフルムーンだ。ママンを驚かせない為にも家に居ないほうがいいな」
「おれ、本当にうさぎになっちゃうの」
「さあな。とにかく明日から、解決策が見つかるまで獄寺ん家にでも行ってろ」
緊迫感の足りない悠長な声音で嬰児は語りコーヒーを啜る。
「マンゲツウサギ草とはな」
「なに」
「五日後が楽しみだな」
綱吉が青ざめるのと同時にリボーンは口端をカーブさせ、身を翻しハンモックに飛び乗ると直ぐさま平和な寝息をたてはじめた。


〔次〕

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