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絡めた小指
















毛並みの短い最高級の赤い絨毯は革靴が踏んでも足音一つ立たず、歩く時の小さな衝撃すら吸収してしまう。
自分の足が順番に染み一つない真っ赤な絨毯の上を進んで行くのを見ながら、ルルーシュはほぉと小さくも確かに重みのある息を吐いた。
それが緊張から来る疲労である事を重々承知しつつ、こんな事で酷く緊張してしまう己の心の弱さにも自然と溜め息が漏れた。
だってどうしても苦手なんだ。あの人は。
ルルーシュの父でもあり、ブリタニア帝国の最高権力を持つ皇帝は大国を納めるに相応しい威厳と貫禄を放ち、同じ空間にいるだけで張り詰めた空気がピリピリと肌を刺し、目の前にするとその威圧感に背筋が伸び握った手に汗が滲む。
玉座に座りその目がこちらを見下ろせば体の芯が竦み上がった。
隣にいる母をちらりと見やれば自分とは対照的に萎縮する所か胸を張り堂々とした態度を崩さず、皇帝相手に皮肉の一つ二つが飛び出すのだから驚いてしまう。
我が母ながら流石と言うか、怖いもの知らずと言うか。
それさえもよくわからないナナリーは、隣に立つ母と正面に構える父の間で忙しく視線を巡らせていた。

そんなこんなで長いのか短いのかわからない謁見を終え心身共に疲れ果てたルルーシュは母マリアンヌ、妹ナナリーと並んで皇宮の回廊へと足を進めていた。
皇宮の横に広がる広大な庭園を横に見る位置にいながら、足元にばかり目をやる息子にマリアンヌがクスリと笑みを零した事に当の本人は全く気付かない。
息子に向けていた目を正面にやったマリアンヌのあら、と思いがけないような物を見付けたような、それでいて楽しそうな色を含んだ声につられてルルーシュ俯いていた顔を上げた。

あっ、と言う顔をしたのはこちらに向かって歩いて来る人物達も同じで。
それでも互いに歩行速度は変えず、会話をするのに適した距離から一歩離れた所で足を止めた正面の三人はその白い服が汚れるのも構わぬまま地に膝を付けた。


「お久しぶりですマリアンヌ様」


そう言葉を発したのは編んだ金糸の髪を首の後ろで揺らすジノ・ヴァインベルグ。
その横には一回り小柄なピンクの髪を結い上げたアーニャ・アールストレイム。
そしてジノと彼女を挟むように跪くのは栗色のふわふわな髪をした枢木スザク。
ナイトオブラウンズが三人も揃って左手を胸に当て膝を下り最上級の敬を表すその姿は神前の儀式のようにも見えて圧巻の光景だ。
傲慢な他の皇族達はともかくルルーシュは人を下に見て優越感に浸るような低劣な思考は持ち合わせていないが、そんなルルーシュが見ても目を奪われてしまうような光景だった。


「顔を上げて頂戴。そんなに畏まる必要はないのよ」

「そうはいきません。我が主たるブリタニア皇帝の皇妃であらせられるのですから」


ニヤリとそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべたジノ達はマリアンヌの許しを得てすっと膝を伸ばした。
母と懇意にし頻繁にアリエスの離宮を訪れている彼らは母を敬愛していてもその気さくな性格から普段ここまで畏まる事はない。
この場所が皇帝の住居である皇宮と言う事と、気心が知れているが故の戯れもある。


「ルルーシュ殿下もナナリー皇女殿下もお久しぶりです」


膝を上げたジノの挨拶にナナリーがこんにちは、と可愛らしく返したのに対して、ルルーシュはあぁ、と一言返すのが精一杯だった。
すっと滑らかな動作で立ち上がった枢木の視線と交差してしまいそちらに気が入ってしまったからだ。
傍らに広がる美しい新緑の庭園と同じ色をした瞳が優しく細められるのを見てルルーシュが視線を逸らしたのはほぼ反射的なものだ。
何でこんな所にいるんだ。
アリエスの離宮で情けない初対面を果たしてから顔を合わせるのはこれが初めてで、気恥ずかしさからそんな事を思ってみたりもしたけれど、皇帝直属のナイトオブラウンズが皇宮にいても何らおかしな事はない。
視界の端で小首を傾げた枢木が母が言葉を発した事により、そちらに視線を向けてくれた事にルルーシュはほっと小さく息を吐いた。


「今回の遠征はなかなか大変だったみたいね」

「えぇ、相手もどこから入手したのかナイトメアを所持していたので少々手こずってしまいました」


予想外。とぼそっと漏らしたアーニャはポケットから取り出した携帯を開き、戦闘中に撮影したと思われる画像をディスプレイに映しマリアンヌに向けた。


「ふーん、これは最近うちで開発してた型によく似てるわね」


どこから情報が漏れたのかしらね、なんて楽しげに話すマリアンヌはアーニャが出した次の画像にあら、と声を上げた。


「ジノの機体また改良を加えたの?」

「よくおわかりになりましたね。さっすがマリアンヌ様」


ぱっと嬉しそうに目を輝かせたジノがここを変えて、ここをこうして、と説明しているのをマリアンヌも興味津々に聞き入っている。
その様子を横から見ていたルルーシュはまた始まったと、誰も見ていないのを良い事に大きく溜め息を吐いた。
こんなのは今に始まった事じゃない。
元ナイトメア乗りだった母は機体性能にも詳しく新しい機体やパーツにも目がない。
目新しいものを発見する度に見せる嬉々とした表情はルルーシュから見ても子供のようで可愛らしくもあった。
けれど母がそうだからと言って子供もそうかと言えばそんな事はない。
ナイトメアの性能や実戦におけるポテンシャルには興味はあっても、パーツの色や形などの外見やそれぞれの部品がどう機能を及ぼすかなんて言うマニアックな部分には正直全く興味がない。
こうなると長いんだ、とはしゃぐ自分達より断然年上の人物達を見てルルーシュは肩を落とした。
アーニャは無表情で関心が無さそうに見えても実は自分の撮影した写真を披露するのを楽しんでいるし、母を挟んで立つナナリーも目を輝かせてアーニャの携帯に見入っている。
ナナリーは残念ながらルルーシュには受け継がれなかった母マリアンヌの秀抜な身体的能力を譲り受け、六歳にして既に剣術などの才能を垣間見せている。
いずれ母や姉コーネリアのようにナイトメアに乗りたいと言い出さないか、妹愁眉の兄は冷や冷やしている所だ。
枢木もその横でへーよく撮れてるね、なんて言って一緒に携帯を覗き込んでいる。


「母上、少し庭園を散歩して来ても良いですか?」


どうせまだ時間がかかるだろうと母の顔を見上げて問うと、携帯のディスプレイに向けられていた好奇心旺盛な瞳をルルーシュに向けた。


「えぇ良いけど、ならジェレミアも連れて行ったら?」


少し距離を置いてずっと後ろについていた従者の一人であるヴィ家一番の親衛隊長の名に、ルルーシュは笑顔をひきつらせて一人で大丈夫です、とやんわりと断りを入れた。
話が聞こえたのかあからさまに悲壮感に満ちた顔で肩を落とすジェレミアにはとりあえず気付かないふりをして。
そう?ときょとんと小首を傾げる母に頷いてルルーシュは庭園に向かって歩き始めた。
一人で大丈夫だと言っても従者の内の誰かが離れた所で付いて来るだろう事はわかっていた。
本当に一人でいられる場所なんてアリエスの離宮にある自室を含めた極一部で、それを許さない身分である事は重々承知している。
ただ子供心ながらにそれを息苦しく感じるのは贅沢な悩みなんだろう。
こんな風に四六時中誰かが付き従い身を案じてくれるなど普通では有り得ない事なのだから。
それでもこの庭園を歩くならせめて気分だけでも一人でいたかった。
横にジェレミアに立っていられたら残念ながら散歩をするような気分になれないのは分かりきっている。
以前ジェレミアと共に庭園を散策した時にあの花は何と美しい!とか、殿下あれをご覧下さい!とか何かにつけてテンション高めの男に疲れてしまった苦い思い出がある。

興味のない話と思わぬ人物との再会で居たたまれなくなってしまったのが一番の理由だけれど、ルルーシュ自身この庭園を気に入っているのも大きな理由だった。
流石ブリタニアを象徴する皇宮だけあって有する庭園もそれは美しく、専門の庭師の手が細部にまで行き渡り見事な形を作り出すそれは最早芸術の域だった。
そこまで花や木の名を知らないルルーシュでもこれが特別美しいと言う事は感覚でわかる。
この国の皇帝や訪れた来賓が心休まり、見て楽しんでもらえるよう庭師の心配りが現れるそんな作りになっていた。
皇帝が緑を愛でる趣味があるのかは知らないが。
いつかこの緑の中で読書をするのがルルーシュの小さな夢だったりする。


「ルルーシュ殿下!」


何処かしこから匂う花や葉、木々の香りに誘われるように足を進ませると後ろから唐突に聞き覚えのある声で名を呼ばれルルーシュはびくりと小さな肩を震わせた。
肩越しに振り返ると声の主である枢木が軽やかに走って来る所で。
足を止めたルルーシュの横に枢木は息を切らす事なく走って来た事など微塵も感じさせぬ風貌でにこりと笑んだ。


「ご一緒してもよろしいですか?」


他意のない純粋な笑顔を向けられれば否とは言えない。
あぁ、と動揺をひた隠して短く答えたルルーシュの横について枢木は歩き始めた。


「盛り上がってたのにこっちに来て良かったのか?」


まるでそこに立つのがさも当然のように歩く男をちらりと見上げて遠慮がちに尋ねると、穏やかな表情を崩さない枢木が変わらぬ笑顔を返した。


「自分はナイトメアマニアではありませんから。それにああいった話は普段嫌と言う程聞かされているので」

「あぁ…、確か後見人はロイドが務めているんだったな」

「ご存知なんですか?」


頭に思い浮かんだ眼鏡の変人科学者にルルーシュは無意識の内に眉をしかめた。


「ロイドが昔母上が乗っていたガニメデに興味があって母上と一緒に研究所に呼ばれた事がある。そしたら母上とロイドが意気投合してしまって…」

「あー…何となくわかる気がします」


さっきのやり取りを見ていてマリアンヌにロイドと近いものを感じたんだろう枢木は苦笑を浮かべている。
その顔に枢木もロイドに苦労させられているんだろう事を悟りルルーシュはふっと笑顔を漏らした。
晴れ晴れとした暖かい日差しと乾いた気持ちの良い風が肌を撫で、その中を歩いているといつの間にかさっきまでの気まずさはどこかへ飛んで行ってしまっていた。
ルルーシュは歩幅の違いから自分に合わせてゆっくりとした歩調で柔らかい地面を踏む枢木を見上げた。


「母上も言っていたけど今回の遠征は大変みたいだったな」

「相手側にあんなナイトメアがあるなんて事前の情報にありませんでしたからね。一時撤退を余儀なくされて態勢を立て直すのに余計な時間がかかってしまったんです」

「それだけじゃない。あんな陣形じゃ相手の思う壺だ。指揮官が目先の事しか目に入ってなさすぎる」

「殿下…」


ふいに足を止めた枢木に同じように足を止めてルルーシュがどうしたんだ、と振り向くと年寄り幼く見える顔がきょとんと首を傾げていた。


「何でそんな事を御存知なんですか?メディアにはそこまで詳しい事は公表されてないはずなんですが」


あ……、と思ったのも後の祭り。
露骨に感情が出てしまった顔を引き締めてもそれを枢木が見逃さなかった訳もなく。
殿下、と今度は窘めるように名を呼んだ枢木は微かに表情を険しくして、ルルーシュに目線を合わせるように膝を折った。


「軍の情報網にアクセスしたんですか?」


さっきよりもずっと違い場所でこちらを見据えるエメラルドの瞳から逃れるようにルルーシュは視線を逸らした。


「軍専用のネットワークをちょっと覗いただけだ。そこまで詳しい事は載ってなかったし」

「それはそうですよ。あの戦闘の詳細なデータは上層部のIDが無いと見れません」


呆れたような枢木の口振りにルルーシュはむっとマシュマロのような白い頬を膨らませた。
そんな事はわかっている。
本当はもっと詳細なデータを見たかったのに、セキュリティーに捕まって見れなかったんだ、なんて口が裂けても言えない。


「また何でそんなものを?あ、もしかしていつもそうやって機密情報を盗み見しているんですか殿下」


ギクリと顔を強ばらせたルルーシュに枢木の眉間に皺が出来た。


「いつもじゃないし、戦況報告が見たいだけでそんなに危ない所までは覗いていない。ただ兵法の勉強になると思って」

「兵法って、殿下は軍人になりたいんですか?」

「まさか。僕は母上みたいにナイトメアを駆る才能はないし、戦好きでもない」


軍の回線に侵入する事は皇族だとしても許される事ではない事は知っている。
最初は興味本位でパソコンをいじっていたらどうやらそっちの才能があったみたいで、偶然軍のサーバーにアクセス出来てしまったのが始まりだった。
それからは事ある毎に作っておいたルートを使って軍のネットワークに侵入していた。
では何故?と優しく子供を諭すように尋ねる枢木に僅かに逡巡したルルーシュは顔を上げその緑の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「いつかどんな形であれ表舞台に立つ事は皇族に生まれた者として避けられない。ヴィ家は母上が庶民の出だから良く思わない人間も多いんだ。だから僕が表舞台に立った時に誰にも文句を付けられないよう今から知り得る情報は何でも得ておきたい」


何があっても無様な姿を見せずに済むように。
家柄だの血筋だのくだらない事にこだわる人間達に侮蔑されないように。
端から見れば手厚く庇護されているように見える皇宮の中は、裏を返せば欲望と嫉妬、怨恨にまみれ一つ足を踏み外せば奈落の底に突き落とされる。
自分が立っている場所がそんな危険な場所である事をこの年でルルーシュは自覚していた。


「ヴィ家の長子として母上と妹を護るのは僕の務めだ」


そうルルーシュが言い切った後に枢木が何故だかふっと見た事もない柔らかな笑顔を見せて、まだ会って二度目の赤の他人に何を言っているんだと顔に熱が上った。
語り出したらつい熱くなってしまった。
それを隠すために顔を背けようとしたけれど、まるで察知していたように先に顔を覗き込んだ枢木によって阻まれてしまった。


「殿下はお優しいですね」

「別に、そんな事ない」


そんなに見ないでくれ。
そう内心で叫びながらルルーシュは気恥ずかしすぎて視線だけはぷいと横に逸らした。


「あ、あの枢木卿…この事母上には黙っておいてくれないか」


この事が露見してもあの母に窘められる事はすれ叱咤しれるとは考えにくい。
寧ろよく出来たわねと賞賛すらしそうだ。
でも何となくこの事実を知られるのは照れくさいし、ばつが悪いような気がして。


「わかりました。ただし殿下もあまり危ない事に首を突っ込まないと約束して下さい」

「えっ」

「そのお気持ちは立派ですが、まだ足を踏み入れるには殿下は若すぎます。なのでその時が来るまでは充電期間と言う事で」


嫌味な程にっこりと笑った枢木にうっと言葉を詰まらせながらもルルーシュはわかったと渋々頷いた。
ここで嫌だと首を横に振るには分が悪すぎる。


「それじゃあ約束です」


そう言って枢木は黒い手袋の嵌められた右手の小指を差し出した。
何だ?
意図してる事が理解出来ずルルーシュは首を傾げた。


「自分の国ではこうやって小指通しを絡めて約束するんです」


枢木は差し出した小指を引く訳でもなく、こちらも同じようにするのを待つ姿勢のようだった。
ルルーシュもおずおずと右手の小指を差し出し自分より長い小指に遠慮がちにちょこんと指を絡めると同じ様に小指を絡め返された。
そのまま軽く手を振られ、これが日本の約束なのかと不思議な眼差しでその光景を眺めていた。


「さて、そろそろ行きましょうか」


満足したのか手を止めてゆっくりと立ち上がった枢木に促されるままルルーシュは歩き出した。
何故かそのまま手を繋がれて。


「おい、待て枢木卿っ。この手は何だ!?」

「え?だって殿下足元ふらふらしていて見てて危なっかしいんですもん」


何だそれ!?と珍しく声を荒げるルルーシュに構わず手を引いて歩く枢木は一向に手を離してくれる気配はない。
やっばりこの男は分からないとルルーシュは慌てふためきながら、きっと楽しげに歩く男を睨んだ。























すごく長くなってしまった。


2013.11.17


あきゅろす。
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