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「あ、」

ホテルマンたちが笑いの恐怖に脅かされているころ、学生寮のスコールの部屋で伸びかけた出前のそばを食べながら男二人で年をまたいでしまった。
大晦日当日に『帰省』するといって大きな荷物を抱えたバッツが電車に乗り込むのを二人で見送ったあと、特に予定も彼女もいないスコールとジタンが一緒に過ごすのは自然な流れだった。
年を越したからといって何が変わるわけでもない。しかし、ならなぜ、こんなにもむなしい気持ちになるのだろうかこの空間は。

「あけましておめでとうスコール」
「…おめでとう」
「……」
「……」


同居をはじめて1年が経とうとしている兄との二人きりが、未だに気まずくてしょうがなかったからこの部屋に転がり込んだのに、これではまるで変わっていないではないか。
3人で居るときは、バッツの天然なんだかどうなんだかわからないボケにツッコミを入れたり入れなかったり、ボケに加わってみたり、そういうことをしていれば、呆れた顔ながらスコールが会話に加わってくる。
しかし本来意外と積極的に盛り上げるタイプではないジタンは、どう見ても御喋りではないスコールとの会話に困っていた。
普段なら会話がなくても気まずくなることはないが、現在は元旦で、ご近所さんもテレビの中も浮かれまくっている。
自分たちまで盛り上がらなきゃいけないような謎の使命感みたいなものに駆られてしまうのである。自然と手足がそわそわする。
スコールのことが苦手と思ったことはない。むしろこういうタイプは守ってやりたい衝動に駆られたりする。だからこそ。

「…おまえは地元には帰らないのか?」

あちらから話題を振ることはないだろうと推測していたため、この一言には不意をつかれた。
実家、ではなく地元と表現してくれているのは、このあいだ自分の家族のことを話したからだろう。
兄以外の家族を知らないこと、劇場で育ったこと、そこには親と呼べる存在があること。

「あー、地元って言っても近いしな。しかも、明日…今日か。公演あるからちゃんと帰るぜー。」
「ああ、そうだったな」
「スコールは地元、帰んねぇの?」
「施設に帰るわけにもいかないだろ。」
「ああ、そっか。…そうだよな、うん。」
「…」

スコールにも親とか親戚とか、いないと聞いていた。
自分と同じように施設で育ち、血のつながりのない仲間と家族だった。
ただ、父親は存命していて、とんでもなく有名な人物であるという噂を耳にしたことがあるらしく、それだけが彼の親族に対する知識の全てだそうだ。
それだけ有名なら、自分も知っている人物なのかもしれないな。

そこまで考えて、また会話が途切れたことに気が付いた。

「……正月って、なんなんだろうなぁ」
「………」

行儀悪く体育すわりの膝に抱えていた年越しそばをテーブルに置き、ごろりとソファーに転がる。
ソファーを背もたれに床に座っていたスコールの、後ろ頭を少し見上げる形になった。そして意味もなくサラッサラの茶髪を引っ張って遊ぶことにした。
うなじあたりの短い毛を一束指に巻きつけて、つまんでいた手を離すと、あとも残さずくるくるとキレイに元に戻った。
それを何回も繰り返す。コシのある髪は何回巻いても乱れない。おまけに、ちょっといいにおいまでする。
ジタンの悪戯を気にする様子もなくそばを完食したスコールは、尻をムチで叩かれるホテルマンを黙って眺めている。
お互いの顔が見えなくなって、さっきまでの気まずさがなくなったように思えた。






「………!」

後ろから寝息が聞こえだしたので振り返ると、今にも垂れ落ちそうなよだれが目に入る。
家具を汚されてたまるかと慌ててテーブルの上のティッシュを2枚箱からひっつかみ、ジタンを起こさぬようそろりと拭き取った。
よだれの主は身じろぎもせず眠っている。その顔があまりに幼いので、自分が悪いことをしている気分になってくる。
いや、悪いのはこいつの童顔だ。
そう思い直し、かけてやる毛布を取りに行くため立ち上がった。












あきゅろす。
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