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一人で帰路につくのは久々だ。

今日は来週からはじまる舞台の通し稽古があったため、学校が終わってすぐいつも一緒の騒がしいやつと喋らないやつと別れて電車で会場のある町へ向かった。
駅からはバクーがボロいハイエースで送ってくれた。
ビルにちぎられた夕日がちらちらと差し込む狭い裏道を通り搬入口へ車を止めたバクーは、ナグリとよばれる頭の四角いとんかちやらビニールテープやらが常駐している年季の入った皮のチョークバッグから鍵の束を取り出して舞台裏へ直接通じるシャッターを開ける。
バクーはこの劇場プリマビスタの所有者であり、自分の属する劇団タンタラスの団長であり、育ての親でもある。
プリマビスタはいわば家のようなものだった。
もの心ついたときから高校入学と同時に兄との二人暮らしをはじめるまで、他の劇団員と一緒にずっとここで生活していたのだ。
今では通しか本番のときに訪れる程度で、最近は別のもう少し大きな会場で演ることが多かったこともありひどく懐かしく感じた。
普通の会場なら閉館時間という大人の都合で放課後から通し稽古というわけにもなかなかいかないが、ここなら気にすることは無い。
真っ暗闇の中、足元に転がる太いケーブルに躓きそうになりながら舞台袖へ移動し長机にスクールバッグとジャージの入った紙袋を置き、相変わらず冷たくて埃くさい空気を吸い込むと自然と笑みがこぼれた。


稽古が終わるころには周囲のほとんどの民家の明かりが消え、電車も走っていなかった。
泊まっていけという団員の声もあったが、兄は出張で家を空けているし、この季節に1日中人が居ない部屋がどれだけ冷え切るか知っていたため断った。
「おかえり」と言ってくれない部屋の空気が冷たいなんて、寂しいとしか言いようがない。エアコンをガンガンきかせて暖めなければ。
疲れきった体をハイエースの硬い座席に預け、乾いた暖房の風音を聴いていたらいつの間にか夢の世界をさまよっていた。


バクーに肩を揺すられて目を覚ますと自分の住むマンションの前だった。
ロビーのガラス越しに見える青白く点滅するクリスマスツリーがぼんやりとした頭には眩しくてまた目を閉じる。

「オイまだ寝る気か?」

「んんーーー…」

目を擦りながら軽く伸びをして力の抜けた手でシートベルトをはずす。

「アリガトウゴザイマシタ。」

「おう、寝坊すんじゃねぇぞ」

「ん。」

車を降りると本当に心臓が縮んでしまいそうなほど寒くて、あごががちがちと震えた。
すぐ遠のいていく車を見送ってから足早にエントランスへ向かい、エレベータに乗り込む。ひとりのへやに帰るために。エアコンで心を温めるめに。
その空間に誰も居なくなってもツリーは点滅し続けていた。












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