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アスピリンじみた気休めの安息、莫迦げている。


「よかったっスね、10代目」

「うん。ねぇねぇ、ごくでらくん?」

「なんスか?」

「あすぴりんて何?」


「…………、

…アセチルサリチル酸…ですか、」





エンテレケイアからの
救済








 オレにはもうわかっていた、点滴のルートからしたたる糖の水溶液が一滴一滴あなたの体内に流れ込むその一瞬またたく間でさえこの手を離すべきではないということも。そしてそれは後にどれほどの贖罪を以ってしても精算しえぬ事柄だということも。

 あなたはもう、逸脱した。
 この世界の秩序から、聯関しがらみから、解き放たれたのだろうか。時間という絶対の理からすら羽ばたいた。それはとても素晴らしいことのようにも思える、だが同時に死を凌ぐ喪失。抹消、どんな罰よりも重く、抗えず、けれどどこか甘みのある。ゆくゆくはオレのことすらわからなくなるのだろうかと、脳裏をよぎった予感はしかし想像と呼ぶには現實を匂わせ過ぎてはなれない、染み付いてゆく虚妄とは呼べないそれ。小さなしろい手を握る自身の掌に力を込めた、いま常以上に純真さを隠さない眸があどけなく見上げる。視線を合わせるのが酷く辛かった、…呼吸が滞る。

「どしたの?」

「……いえ…」

 知能の退行。それも一時的にではなく、その徐々に進行する病状は注意深く観察していないと気が付かない程の進度で躰を蝕む。だが今となっては顕著に物語るその存在自体が最早カルテよりも切実に、明確に容態を示していた。

「ごくでらくん」

「…はい」

「おこってる、の? 
こわいかお。」

 管をつたって養分を送り込まれるそのほそい手首が不安定にゆらぐ、オレの手の内をすり抜けるようにして改めてふれあった指先は温かくは無かった。

「ちがいますよ」

「ねーねぇ、」

「…なんですか、」

 次第に絡み付く華奢過ぎるゆび、焦れったくもどかしい動作で甘える指端に何故かつよい苛立ちを覚える。


「ごくでらくん」


 どこか酷く欠落した笑顔がそこにあった。無邪気にも、虚めいた破顔。





「? ごくでらくん、なぁに?」

「何って、やってるでしょう毎晩、」


 昨晩の事まで忘れたとは言わせない。そう言ってベッドに乗り上げた自分。頭がおかしい以外の何物でもないとおもう、疾うにあなた以上に。何故こんな衝動が起こるのか、今のあなたを見ていると堪らなく苛立つ。本来あなたはそんな顔で笑わない筈だ、そんな子供じみた口調でも喋らない、そんな風に媚びもしない、そんな睛で、オレを、見ない。


「……、10代目……ッ」


 どうしようも無いのだ。自分が抑制できない、心臓が早鐘を打つ。オレの澱んだ眼を覗き上げる飴細工の瞳、呼吸のリズムが乱れた。どういう訳かガタガタと震えるオレの手脚。

「ゃっ! いたぁ…なにぃごくでらくっ…」

 加減も考えず小さく丸い肩を鷲掴んで無理矢理に上体をベッドから浮かせた。ボタンを外す間すら耐えられなく、襟元に手をかけてそのまま一気に振り下ろした、力任せに引き千切られたボタンが純白のシーツに散乱する。下の方に二つだけ残ったそれも続けて毟り取った。いとも簡単に晒された幼気な肢体、病的な迄に細い、影青の陶磁器じみたその躰。

「…ッハ…、ッ……ハァ…、」

 異様な迄にオレの息は乱れていた、靄がかかったような脳裏と眼界。
一体自分は何をしている、誰に、何を。

「っごくでらくん、や…ッひぅ…っ!」

 細過ぎる頸筋にむしゃぶりついた。薄い皮膚に歯を立てる程度を弁えぬ自分、舌上に広がる淡い血液の味。したたる唾液もそのままに唇は鎖骨を吸い、下りては薄く色付いた幼い乳頭を貧った。下から上へ押し上げる様に乳首を転がし嬲り擦る内、徐々に尖りは痼って舌の上で主張しだす。強く吸い上げれば軽く膨らみをみせるその幺さな臙。

「んんっー! …やぁだー…やめ、てぇよぉー…」

 潤んだ眸が見上げた。オレに向けられる眼差し、清純過ぎるその彩色。

「そんな目で、…オレをッ…見ないで下さいよ、」

 綺麗過ぎる純粋過ぎる清浄過ぎる、あなたの存在自体が。

 本質ならば何も変わっていないのだ。退行してしまった今のあなたもそうでないあなたもどちらも綺麗なモノだった。ただ、それを隠そうともしない今のあなたの前でオレが酷く汚らしい生き物だったというだけだ。
 判っていた筈だ、オレの手垢でまみれさせてはいけない存在、だったのだあなたは、元々。

「ッ……」

 途方も無い衝動が吹き荒れる。もう何度も何度もあなたがそんな目でオレを見るようになってからはある一つの観念がオレに付き纏った。そしてそれは度々こうして現れる。善悪の判断も伴わぬまま、急激に、反射的に。激越な動揺、

「っごくでぁ、くっ、んぅ…ー」

 掻き抱かなくてはならないのだ。あなたがそんなだから、何処までも触れ難い程に神聖過ぎるから、
 自分は誤魔化したかった。自身の汚らわしさ、あなたの傍に居てもいいモノになりたかった、なれなくては、


だから。

「っ…こんなキレーじゃ駄目なんスよ、」

汚さないと。

「こんなあなたじゃ…、」

傍にいられない。

「ッ……オレに、」

許しを、


「くださいよ。」




……白栲のあなたは頑是無く制裁を下す。




 今だってほらオレを貶めた、




純潔の、 偶像。









end.




20060608






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