「そんなにヨかったスか? 今日は一段と盛り上がってたみたいっスけど」
「あの、ほら、く…クスリつかってたし…、」
「途中から完全シラフでしたよね」
「っ……!」
「ダイナマイトでイクちょい前くらい迄っスかね、薬キマってたのは」
日付が変わって暫らく。訪れた眠気に意識を飛ばしかけていたツナに獄寺は容赦無く爆弾を投下した。
「ッッッ…! き、気づいてたのっ?!」
「まあそりゃ見てれば。それに一応時間も見てたんで」
「………そー…なんだ……」
本当に人が悪い。今日は恥ずかしいくらいのことをしてしまっても薬の所為だと言い訳できる筈だったのにとツナは今更ながら頬を赤くした。
「…でもひどいよ獄寺くんクスリ、なんて…」
本当に怖かったんだよ! と抗議の声をあげるツナにすいませんでした、とさして悪びれもせずに口先で謝罪をつげる獄寺。
唇を尖らせて本当にオレ怒ってんのに! と言いながらも実際は既に許して貰えていることを獄寺はよくわかっていた。
「でも気持ちよかったんスよね?」
「…っ、ごくでらく、」
「あぁ、そう言や10代目何で今日ウチ来たんスか?」
「ちょっと獄寺くん、………あ、あれてゆーか」
確かにクスリ騒動ですっかり忘れていた獄寺の部屋に来るまでの道程、全くもう薬という単語もききたくな……、
「あー! おつかい、おつかい頼まれてた! っていうか家に連絡いれてない、」
「10代目のお宅に電話はしましたけど」
いきなりの大声でベッドから起き上がったツナに目を丸くしながらも至って普通に獄寺は応える。
「……そ、そうなんだ…気…利くね…」
「そりゃあお母様に心配かけても良くないスから10代目がココア飲んで眠っている間に」
「…そうだ今日睡眠薬まで使われたんだ…」
「んで何かオレに用でもあったんスか?」
「…それは……」
*****
駅前のドラッグストアに用のあったツナは、ゲームショップにて目当ての新作RPGの予約を済ませるとそのまま荷物を増やすことなくまっすぐにくだんの薬局へと向かった、常ならば本屋で立ち読みのひとつもしていくところだが、いかんせん辺りはもう日が落ち始め、雑踏を夕彩と青帳が織り綾めている。あまり帰りを遅らせて母を心配させることになってしまっては悪いと思って、早く用事を済ませてしまおうとツナは道を急いだ。
医薬品の他にも軽い食品や嗜好品、メイク用品の類ならば大抵は揃うこの薬局の品揃えの豊富さに少しツナはよわっていた。どこに目途の品があるのかわからない、従業員に訊ねてしまえばはやいのだろうが気恥ずかしさが胸をひきツナにはそれも憚られた、声ひとつかけるのにもなかなか決意を要する。そもそも今探しているものが一般的なただの消毒薬だということも訊きずらさの一要因があった。せめてネット包帯や滅菌ガーゼなどであればもう少し恰好がついたのに、なんて似たり寄ったりの不毛な思惟にツナは囚われる。
「はあー…。……ぁ、」
ツナの関心をひくものがあったのはヘアカラーを陳列した一角だった、無論消毒薬は無い。
「この色すごい…いいなぁキレ……」
ひとつのサンプルの髪色に胸を高鳴らせた、淡く溶けるような代赭を滲ませた鳶色。不思議なことに反射屈折の程によってはどこか鶸色のようにとらえることのできる部分もあった。
実際に染める気はなくとも思わずそのカラーの箱を手に取ってみる。何気なく箱裏に眼を遣ると、放置時間と元の髪色からのおおよそとした染め上がりの目安が記載されていた、もとの髪質と色あいから察して恐らく自分はたとえ染髪してもこの様な色にはならないだろうことが知れてツナはすこしがっかりとする。
ふと、箱の下部に同系列シリーズのカラーが紹介されているのに気がついた。その中のひとつに目がとまる、無彩色灰白色のそれはひとりの人物を想起させた、実際にこの写真の色味はよく似ている。ほぼ白髪といってもいい銀灰の髪、カーバイトや純度の高い石灰岩を思わせるそのモノクロームな質感、色彩は。
「……獄寺くんみたい…、…な色だ……」
写真でなく現物で確認してみたくなって辺りを見回したが、ここの店舗には入荷されていないのか陳列棚の中に見付けることは出来なかった、酷く落胆した。内心ものすごく残念でならない、いますぐに見たかったというのに、この色、
獄寺くん、
「…あいたい……」
いま無性に会いたかった、あの色を確かめたくてしょうがない。どうしようもない衝動に駈られた、酷く不可解に、
「…ごくでらくん、」
今あわなければ呼吸が止まってしまうかのようなそんな脅迫観念じみた錯覚、焦燥感が身を襲った。説明のしようが無いこの感情、理解できなくともいまはそんなことどうでもよかった、早くはやく会わなくては、
会わないと、
「……ッ……」
気付けば駆け出していた、自分がわからない。なんで薬局に来たのか本来の理由なんて疾うに忘れていた。獄寺の住むあの一室へ、ツナの躰はいまそこでしか生きられない様なものへと変質して。はやくはやくと急く、酸素のないこの場所はくらい海の底のようだ、光は届かない。
信号も通行人も見えてはいなかった、けたたましく鳴らされたクラクションの劈音でさえ薄く張った膜の外で聞こえたものの様に感じた。
何度かひとにぶつかる、転ぶこともあったが感覚すら鈍く薄れて、痛みなど覚えられず意識ならばすでにここにはなかった。
むずかる赤子の様な、我慢のきかないこの感情の正体は何、
禁断症状めいたこれ、何らかの中毒者並の行動、は。
「くでらく…っ、」
陽は夙に落ち沈み宵の幄の中ネオンと雑踏に溢れかえる街並み、それでも自分は酷く独りだとツナは感じた、堪らなく今心細くて求めていたぬくもりならば、彼が持っている獄寺しか居なかった今ツナのなかには。
やっと辿り着いた扉の前、乱れた呼吸をととのえることもせずツナはインターフォンを鳴らした、明かりが洩れている窓に部屋主の在宅を思い安堵する。暫し待つと室内から足音が近付いてきた、鍵を解く音と共にドアがひらかれる。
『……! 10代目? どうしたんスか、』
*****
「オレ、中毒者だったのかな」
「……? 何がスか」
訝しげな獄寺にツナはふるふると頭を左右に振る。
「だから…獄寺くん、」
「なんスか」
「……クスリなんかいまさらわざわざ使わなくっても、オレ獄寺くんきれたらここに来ちゃうからって…話、だよ」
獄寺は僅か息を詰め、それから一言。
「オレは10代目がそうっスよ」
きれると禁断症状出ちまう。と、
互いに依存しあえるのなら、それでもいいかもしれない、
いまこの手を放すくらいなら世界が終わった方がましだなんて。
恍惚、傾倒している。終盤的で、なんて
みがってな、幸福。
lot.
20060526
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