ただ燻らされるそれから立ちのぼる煙が空間を充たしていた。
二人共言葉を発しない。
ツナの部屋の中、先程と同じ場所に座っているが雰囲気はまるで違っていた。教科書もノートも出したままだが視線すらそれらには向けられてはいなかった。
虹はもう消えている。
「―……10代目、」
煙草を挟んだままの唇を軽く震わせて獄寺はツナを呼んだ。不明瞭な発音。だが二人しかいない室内で聞き逃すことはない。
「なに?」
返事を返したツナだったが獄寺は言葉を続けない。そのかわり彼は無言のままゆっくりとした動作で煙草を指端でつまみ携帯灰皿へと押し付けた、灰が擦れるだけの微かな音を残して火が消える。
獄寺は深く息を吐いた、口内や気管に留まっていた紫煙が空をたゆたう。
部屋中を濃密に浸す獄寺の煙草の匂いにツナは恍かな眩暈を覚えた、呼吸をする度に体内に入りこんでくる不純物を含んだ大気。
煙草を吸わないツナにとってそれはとても危ないものの様に思えた、事実身体には害になる。むしろ間接喫煙の方がその影響は良くない、しかしツナはその空気をどこか貴重なもののように吸いたがった。獄寺に仍って汚された気体にならば体内を蝕まれても好いような気さえしていた。
「なんで消しちゃうの」
「え…?」
「もっと吸っててもいいのに」
「あぁ…、」
獄寺は煙草の箱を一瞥し、そして眉をひそめてみせる。
「窓開けましょっか、」
「え…」
「ちょっと煙いっスね」
煙慣れした獄寺でさえ息苦しさを感じる程に室内を充満している煙気。余程のことである、だが立ち上がり窓へ向かった獄寺をツナは制止した。
「いいよ、」
「…けど10代目、」
「いいってば、平気だから、」
ここまで獄寺にツナが念を圧してものを頼む事は少ない。願いを棄却する道などは元から無いように思えた。
「…分かりました、」
ツナは尚も獄寺を見つめている、正確にはその口唇を。もう随分前からツナはその口許に視線を定めていた。はじめ獄寺がツナを呼んだのもその意図を尋ねる為であったのだが。
「恋しがってるみてぇ…スよ、」
窓を開放するという目的を失った獄寺は元の位置には腰を下ろさず、静かにツナの傍へ膝をついた。
「そんな風に熱心な、」
「…獄寺くん、」
「睛じゃあ」
軽く身体を押し戻す小さな手を捕って獄寺はツナの紅唇へ自身のそれを重ねる。
「ン…ふ、…んぅ…」
次第に深度を増しゆく接吻。
獄寺にはツナの舌がひどく甘いものの様に感じられた、やわらかに濡れた感触のそれは健気にも男の舌を求めて絡んで。応えてやれば顕著に反応を示す腕の中の華奢な肢体。とても正直で素直なツナの震える身体を、獄寺はゆっくりと組み伏せた。抗議の色ならば淡すぎるツナの瞳。
「んっ…は、っダメだよ…、山本が」
構わず獄寺はツナのプルオーバーを捲り上げる。片手にはツナの両手を纏めて掴み縫い止めている為、抵抗らしい抵抗はなかった。けれど唇を解放した途端に零された言葉には少なからず不愉快さを覚え。
「…山本が、来ちゃ…ァっん、」
「せめてこんな時くらいは、」
アイツの事なんか呼ばないで下さいよ。
手指でやんわりと脇腹を撫で上げながら獄寺は顔を沈めツナの小さな臍の窪みへ舌を伸ばし舐め穿つ。
「…10代目、」
しつこいくらいに味わってからその場所を一度つよく吸い、そのままなめらかな柔肌を唇は辿った、時には舐め、甘噛し鬱血の痕を残しながら獄寺はツナの身体を堪能する。
「…っは、ダメ、ッだめだって…獄寺、くん…っ」
愛撫の熱を身体中に感じながら、白昼にいったい何をしているのだろうとツナは思う、いつ来るかもわからない親友の影に苛まれながらも余り真剣に獄寺の行為を止める気にはなりきれない自分自身にも当惑した。
部屋に充ちる煙草の馨、獄寺の匂いに脳が痺れる感覚を。
「…、…く…でら、く…」
はじめから抗う声など持ち合わせてはいなかった気がした。
「は、あぅ、ン…ぁア、あ…ッ!」
腰骨を掴まれて深く深く突き上げられる、食い込む位に力が込められたその指先がツナには愛おしくて堪らなかった。耳朶を掠る獄寺の熱い息、目の端に涙が滲む。
「ごくで…っぁく、も…」
あと少しで限界へ届きそうだと感じて訴えかけたツナ。しかし声は突然鳴り響いた電話の呼び出し音に掻き消された。
「っ…!」
「…電話…スよ、」
獄寺はすぐ側の子機に目を遣る。軽快に鳴り続けるコール音、気の長い呼び出し人なのかそれは止む気配がなかった。
「取らないんスか、」
「っ…れるわけない、よ…ッ」
涙目でツナは獄寺を睨む、だが獄寺はしれっとツナから目を逸らし受話器に手を伸ばした。
「へ…っ? ちょ、」
「うっさいスからね、気が散るんで」
出てくださいよとそう言って獄寺は有無を言わさずに通話ボタンを押した、勿論未だツナの中に入ったままでそれを手渡す。
「ちょ…ごくでらく…!」
「もう通話始まってます」
獄寺の言葉通り受話器から声が聞こえてきた、それもよく聞き慣れた声が。
『…もしもし? ツナか? オレだけど、』
「っやま…も、と」
耳に馴染んだ声音。
ツナが跳ね上がる心臓のまま言葉を絞りだした途端獄寺が抽挿を再開した。
「ヒぁ…ッ、くぅ…っ」
『ツナ?』
「っな…なんでもな…ッ」
精一杯の平静を装った声も急激に激しく内壁を擦り上げた内部のものに反応してあられもなく語尾が上擦る。
『どうかしたのか? なんか息も荒いみたいだけど』
「いや、ホントなんでもない! そ…それより山本、こそど、したの、」
必死に何とか話題をすり替えようとするツナ。だが緩まることのない抜き差しにどうしようもなく呼吸は乱れる、獄寺は構うことなく腰を打ち付け。
『んーあのな、今日外練はすぐ終わったんだけど顧問が急にミーティングとか言い出して、…』
「ん、うん、」
変な声を上げない様にとそればかりに神経を集中させているツナの耳に山本の話は殆ど入ってこない。
それどころか曖昧にうつ相槌のさなかふと思い当たってしまった危惧に尚も焦りが増す。もしかしたら結合部から漏れるぬかるんだ音が聞こえてしまうかもしれない、それに自分だけでなく獄寺の荒い呼吸までもを受話器がとらえてしまったら。
途方もなく不安なのに何故身体の熱は醒めてくれないのだろうか、むしろ高まってゆく一方でそのことがツナには最も問題だった。
『…で、なツナ、悪いんだけどそういう訳で今日は部員全員連れて家に寿司食いに来させなきゃなんねーから、』
「んん…」
ミーティングから何故寿司になったのか話をあまり聞き取れていなかったツナにはそのくだりを測り兼ねたが、そろそろ会話が終盤に差し掛かっている事を知りほっと気を緩めた、だがその矢先。
「ひア…ッあ!」
『ツナ…?』
びくびくと悸く身体。何の前触れもなく獄寺が先端部分で狙い済ました様に最奥を刔ったのだ、それまでは激しくはあったがそこを突いては来なかったというのに。どう我慢しようとも声など抑えられる訳がないではないか。
ツナは瞼を強く閉じて波を堪える。
『ツナ? 変な声出してどうしたんだ、今ひとりか、…いや…、』
突然押し黙る山本、聞き取れるか取れないかの音量で小さくアイツかと呟いた声が受話器を通った。
『…なんでもないわ、悪かったなー、じゃあまた明日、』
一方的に断たれた会話。通話口からは無機質な電子音が。
「山本っスか?」
空嘯く獄寺、半泣き状態のツナの目が見上げた。
「ぜったい気付かれた…」
「まあ、あれで判んなきゃ済いようのないアホっスね、」
「っ…ごくでらくんのせいだからね…ッ」
「そっスよ、」
何が言いたいのか解らず獄寺をツナは見つめる、互いの双眸にそれぞれが映り込んだ。
「だからオレが責任取ります、」
獄寺は自信たっぷりに満面の笑みを浮かべ。
「何も考えられなくなるくらいヨくしますから」
ばか、と小声で投げ付けられた詞は二人にとってならとても都合の善い免罪符。
夕燒けに染まる空と室内。ぐったりとベッドに横になったままのツナの傍に座る獄寺は新しい煙草に火を着けた。今は窓を開け放っている為煙が中に篭ることはないが、それでも点火したての煙草の香りが馨しく鼻孔を擽ることには変わらない。ツナは寝転がったまま獄寺を呼んだ。
「…獄寺くん、」
「なんっスか」
指で煙草を挟み取って獄寺は応える。
「オレ灰皿買おうかな」
「…? 吸うんスか」
思いもよらないことを言い出すツナの意図を解せずに獄寺は聞き返す。
ふるふるとツナは首を振った。
「ちがうよ」
夕茜がツナを朱く照らす。
「オレじゃなくて獄寺くんだよ」
そう言って笑う顔は余りにも綺麗で。
獄寺は一瞬何を口にしたらいいのか判らなくなった。取り敢えず言葉の意味を確認してみる。
「…オレの為に用意してくれるんスか…?」
「うん…そう、」
ひと呼吸置いてツナは続けた。
「…だってオレ、獄寺くんがオレの部屋で煙草吸うのすきなんだ」
「ッ…!」
落陽の所為ではなく頬に朱をのせた二人を余所に、帰宅をしらせる家族たちの声が階下から高らかに響いた。
fin.
20060531
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