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獄寺くんが部屋を訪れたあとの雰囲気が好きだった。

部屋の中に拡がる煙草の残り香、獄寺くんが拡散しているような。
すうっと空気を吸い込めば気管を通り肺に充ちるそれ、いずれは血液に混ざって身体中を巡り侵すだろうそれは、彼の一部を飽和した酸素。



からだがつくりかえられていく様な錯覚をおぼえた。獄寺くんと、細胞レベルでまじりあってしまえるかのようなそんな、気が、した。

隔てるものすべてを取り去った融和は、甘く閉ざされた眠りのようだとおもう。
醒めない別離しないそれはあるひとつの理想。もう寂しくはならない、一種の終着点。発展性のない永遠の沈黙のようなその希み。




けれど、むしろそれを求めすらして、
…こころを安らげてしまえるような自分は。




……なんてばかなんだろう。


すこしだけ、…泣けた。







アルカロージスティック
ニコチニズム









滴る水に擁されながら碧く繁茂する庭木に目を遣れば、同時に雨あがりのひときわに眩しく映えるそらに架かるその束の間の天弓に目を奪われて。
ツナが光彩の穹から視線を放せずに向けたままの眼差しは、その向かい側にいた男の気を揉ませるのには充分すぎる程の熱を孕んでいた。

「10代目…、」

獄寺の口をついて現れた単語は至って簡単に相手の気を引く詞。

「っあ、何?」

名を呼んで望み通りツナの意識を自分のものへと取り戻した獄寺は、わずか堵の中に安んじる様な平静を手にする。同時にひどく不安定なやすらぎだとも思う、その場限りの心を掴んだとて気をゆるめればまた逃げられてしまうのだ、そうたとえばまたあの空なんかに。ツナの意識があれを想って駆けていってしまうのならば、最早上空あまねく拡がった昊さえも潰してしまいたいとさえ獄寺はおもった。
もしそんなことが出来たなら貴方の心を盗む可能性の内ひとつを消し去ってしまえるのにと、そう考えるのはひどく不毛で莫迦らしく滑稽すぎることなのだとはわかっていた。けれど紡がれゆく感情は縒りあって留め処なく増長しほどき難さをましてゆく。
際限をしらぬ情動の淵を覗けなくなってからどれくらい経つだろうか、浅ましい自分自身を振り反ることが酷くこわくなっていた。

「獄寺くん?」


「…あ、あぁスイマセン、オレから呼んどいて、……あ、問7出来ましたか?」
ツナのあまい面差しはほんのりと苦い微笑みを浮かべる。その表情すら獄寺には愛おしかった。

「オレこそゴメンさっきぼーっと空なんか見ちゃって、問7(2)と(4)がわかんなかったんだけど…、あのさ、こんなときにあれだけど獄寺くん気づいてた? 虹架ってるんだよ、今」

「虹っスか、」

丁度窓は獄寺の背後に位置していた為それに気が付くことが無く。
獄寺が振り仰いで見た眩しく照る窓の先にはツナの言う通りの光霓がおおきくのびていた、悠然と佇む架橋を眼界に捕らえれば、あれが今し方この人の注意を全面に浴びていたものかと思い、獄寺は嫉妬によく似た感情を覚える。たとえ対象が人でなくともそれが不愉快なものには違いなかった。

「きれいだよね!」

「…ええまあ、そっスね」
賛辞のことばを平然と受け取るあの上天は素知らぬ皃でなおも黙っている。

「…不届きだな、」

「え? 何か言った、」

「いえ」

意図を掴ませぬ為の笑顔ならば得意分野だった、獄寺は破顔してみせる。曖昧にツナも頷いた。

「そう、……、そういえば山本遅いね、」

言葉を捕え唐突に、不快音域が鼓膜を障った時のような感覚が沸き起こった、途端不穏にざわつきだす胸中に獄寺は息をつめる。

「今日野球部前半グラウンドの割り当てだって言ってたからもう部活終わって結構経つと思うんだけどな」

いま空気を震わすのはツナの声である筈だ、けれど獄寺の耳に響くのは何故か快さとは無縁の音だった。
はやく黙らせたい、そのまま尚も口を開かれたら、その人の唇に続くのが自分以外の奴の名なら自分は。

「10代目、」

再び名前を、

「なに?」

気を引く、詞。効力は遺憾なく発揮された。

「あ、電話してみよっか!」
筈だった、のに。

「山本んちに、」

「10代目!」


思わずテーブルをつよく叩いてしまった、獄寺の理不尽な拳を受けたそれはビリビリとふるえる。上に乗っていたコップの中身がすこし零れた、ツナの広げていたノートの端が浸みる。

「ッ…、な…何?」

怯えたような目でツナは獄寺をみた。その人の警戒した様な窺う様な上目遣いが居た堪れなく、獄寺は目を逸らした。

「…スイマ、セン…」

そのままツナが何か言う前に席をたつ。獄寺は複雑な微笑いを面相にのせて呟くように伝えた。

「……すいません、アタマ冷やしてきます」

もう一度空気を震わせた謝罪詞が不安定に宙へ霧散した。




廊下の突き当たり、階段の前で立ったまま獄寺は煙草をふかしていた。

子供達を連れて奈々が百貨店へ出払っている為、宅内には静謐が保たれている。それは恐らく夕刻までの平安だ。

フィルターへ一旦、二酸化炭素を送りそれからおおきく息を吸う、煙を肺まで充たし獄寺は気休めの安らぎを得ようとした。だが先程からどれほど煙を喰らいつづけても苛立ちと言い知れぬ不安感は拭い去れない。呑みこむ紫煙すら常とは違う味に感じられた、落ち着くどころかむしろ不快感が増す。皮膚がチリチリとひりつく様な感覚がした。喫煙行為も今だけは反って逆効果になった、昂ぶった自律神経が酷く疎ましい。いつまでも麻痺鎮静しない神経系統に獄寺は荒々しく髪を掻き毟る、歯轣りをしたとて状況は何ひとつ変わりはしない。

「ッ…クソ」

舌打ちの小さな音に雑じって、ごく控えめにドアの開く音が聞こえた、獄寺はツナの部屋を振り返る。


「…獄寺くん…?」

ツナが首をやわらかに傾けてこちらを見ていた、不安げな眼差しが揺れている。獄寺はぎこちなく笑ってみせた。

「…どうしたんスか?」

眉間を淡く寄せたツナ。
一瞬口をひらきかけて、一度閉じてからもう一度、ツナの唇が動いた。

「…部屋で、吸ったら?」

押し黙っている獄寺。
沈黙に焦れてツナは主語を補足する。

「…たばこ、」

断る理由が特に見付けられず、獄寺は凭せ掛けていた壁から背を離した。どのみち申し出を拒絶すればツナに浮かんでしまうであろう痛心の色を思えば安易に拒むのは良くないことに思える。だが今ツナと部屋で二人になるのはどうだろうか、獄寺は瞬間考えたがいまだ亢奮状態の醒めやらぬ脳では冷静的に判断を下せそうもなく途中で思考を止めた。




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