[携帯モード] [URL送信]


果たす約束ならば残欠足らぬ今日明日。




うはみのる夜の








すべてを諦められぬまま、辿る月日なら何と匂いの無い日々か。
考えただけで怖気立つと、獄寺の眉間その溝は益々深みを増した。


窓際に馨る明け方の風、未だ日は昇らない。滄濛い水彩の幎が上空を盍う。

今日は七夕の節句だという、そこに付随した小話の内容も同時に聞いた。中国の伝説に基くそれは日本人なら誰でも知っているらしい、そんな話をしている最中10代目ははにかむようにして笑っていた、可愛かったなと獄寺の口端は薄く上がる。


《ひこぼし》という単語、知識の中にならばあった、わし座α星。スペクトル型はA5、アルタイルの別称で牽牛星いねかいぼしとも呼ばれるその星…別段興味もなにも無かったが。
一年に一度だけ逢瀬をはたすという恋人達、ロマンティックな様相その響きに紛らせた無情さが痛いと獄寺は思った。


「…ッンつー話だよ、」


乾いた笑いと共に吐き出した言葉。しんと静まりかえる孤独の部屋が男の声を受け止め飮み込んだ。後には韻すら残さない、寛容で懷瀟いひややかな個室。青に染まるこの時間帯ならば願わぬ黎明を迎えさせられる前の猶予期間、終わらなければいいと。獄寺は思った、まるでモラトリアム。青の部屋、深海の中のように揺蕩ってあまやかで、怺しの手が絡み引き留める今この場所は母の胎内か。


変化など求めないこのまま。革変する今日など要らない、
そう、朝など来なければ、



(……は、)


「くだらね、」



ほんとうは。


こわいのだ、毎朝、ツナに会うことを恐れていた。獄寺は今日も惑う、いつ訪れるともわからぬ自身の黎明が、突然に怺えきれぬ迄につよく劇しく沸き上がる衝動その動揺が今の二人の関係を崩壊させてしまうのが。均整とは簡単に頽れ去るもの酷く容易に、ほんのちいさな歪みが。ならば未だ、未だ時期では無いと変わらぬ今日を欲っしてしまう、昨日に甘んじるのだ毎日毎日。


明日を殺して。





何と無く、あの話の男を想起した、そして同時に羨ましくもあった。


一年に一度の逢瀬、積もりに積もった欲情が理性抑制自制心そんな固く塗り込み上げられた防波堤を決壊させてしまう決められた日。

だがそれでも許されるのだ、その話の中の恋人達ならばきちんと日取りを知った上、互いに覚悟の上想いあう恋人達ならば御手のものであろう逢引、許しあえる程度の情動暴力性なら。
恋人という区分、それは言うなれば特権階級彼等であれば自分の感情を露にしたとて。

「…オレには、」

獄寺は天井を仰いだ。

感情を爆発させて許されるような日など無いこんな想いをあの人はしらない、七夕の伝説をきらきらした睛で語ってみせたあの人は、とても眩しくて透き通ったあの人は。

「…無理だろ、」

身体だけで無く心まで、腑の底まで剔ってしまうのだろう、自分は。







どれくらい経った頃か、ぼんやり身を沈めていたソファにひとすじの彩色が、
あかいひかりが、燿々。


青く沈黙的だった室内に踴るような明彩が侵入り込んできた、窓の外に目を遣れば遠く赫い暾が暘々と、ちからづよく昊を這いあがっている。
烱く暉く、耿って燎らす絶対の象徴。たとえ獄寺が望まなくとも今日はまたやってくる、勝手に傍若無人と空を染めゆく太陽、

「ッ…」

喧嘩を売るような視線で獄寺はそれを射貫いた。


終わり、それは全うしなければ訪れることすら無い始まりの為にあるとそんな詞を吐いていたのは誰だったか、簡単にぬかしやがる反吐が出ると叫びたい、だが今、真赭に爍る太陽に図らずしも強制の然で背を押され促され、あの赤を憎みつつどこかその先の希望が無い訳では無いような気がしだしていた、


たとえば今夜、自身の想いが爆発したとしてもすべてが自分の最悪な想像通りに進むとは限らないようなそんな、馬鹿みたいな投げやりなような頭の悪い考えが。
気休めなのはわかっている、強がりも承知の上。
それでも、


望むところだと吠えてみようか、


乞うは巧みの奠る夜に、勝負に出てみるのも悪くない。



         fin.
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



お気づきのお方様もいらっしゃるかと思いますが、今回の話は標的55七夕大会の日の朝、という設定です
20060707〜20060807













あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!