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※死ネタ
※救いは無い




 燐音くんは何度も子供に言い聞かせるように言った。『絶対電話には出ろよ』。
 正直、鬼電してくる割に内容は大したことないし、料理してようと、アルバイト中だろうと、寝てようとかかってくるから、はいはい、といつも聞き流していた。遅れて折り返したり、渋々何度もかけられた後に出ると、毎回おせえ! なんて悪態をついてくる。
 ああ、めんどくさい、と思いながらため息をついて。
 でも、燐音くんはこちらからの電話に、応答しないことが無かったなと今になって気づく。

 彼からの電話がなくなった。


やくそく



 九月の上旬。学生たちの夏休みは終わり、街中に日常が戻りつつも、未だに蝉が鳴き続ける夏。
 秋にはまだ早く、着ている服は肌にはりつく。
 共有スペースのキッチンで、お昼ご飯を食べようと蝉の合唱を聴きながら鼻歌混じりにまな板をリズミカルに叩いていく。
 今日のお昼は何にしようか? オムライス、チャーハン、ハンバーグ。玉ねぎはなんとも便利だ。何にでもシフトチェンジが出来る。
 そういえば、最近燐音くんはどうしてるだろう。随分と姿を見てない気がする。
 寮に入ってからは別々の部屋になってしまって、彼にご飯を作ることもあまり無くなってしまった。前までは、帰ればニキ飯は? だったのだが、ここ最近は見かけることも無く、会うのはCrazy:Bで集まる時ばかり。二人で会うことは無くなってしまった。集まりで会ってもギャンブルの話か、暴力か、ニキきゅんは俺っちが大好きだもんなーとか、結婚する? とか、そんな冗談みたいな話しかしない。前と変わらずいつも通りだ。
 ……仕事で顔を合わせる燐音くんは、どんな顔をしていただろう。ちゃんとご飯を食べているのだろうか?

 前までは当たり前に正面で顔を合わせて一緒にご飯を食べていたのに、Crazy:Bの天城燐音と椎名ニキでいる時はいつも隣にいるから、彼がどんな表情(かお)をして笑って、食べて、話しかけてきたか、思い出せない。

 最後に燐音くんを見たのは、たまたま練習室の小窓からあの赤い髪がちらっと見えて、覗いたら一人で練習をしていた彼だった。こちらに向けられることの無い、ファンに向けた表情を鏡の自分に振りまいて、キラキラと踊っていたことを覚えてる。
 なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気がして、そのまま何も声をかけずにその場を後にした。

 とんとん、とリズムカルだった音が途切れて思考が目の前の料理に戻される。玉ねぎを多く切りすぎてしまった。未だに前までのくせで、気がついたら多めに作ってしまう。まあ、全部食べきれてしまうんだけど。
 


 結局二人分作ってしまったオムライスを食べながら、ふと携帯を見る。燐音くんからの着信。ああ、またやってしまった。料理に夢中で連絡が来ていることに気づかなかった
 燐音くんからまたドヤされてしまう。
 仕事の連絡もここから来るのだから連絡はすぐ取れるようにしとけと。全くその通りなんだけど、どうしても料理中は携帯への意識を向けるのを忘れてしまう。
 一緒に住んでいた頃は、携帯なんて挟まず、燐音くんが直接背中越しに、ニキ、って呼んでくれていた。そのときは、ちょっと待っててくださいねって、ちょっかいかけてくる燐音くんをあしらって、気になって覗いてきたら、少し味見してもらって。
 オムライスを口に含みながら、行儀悪いのは百も承知で電話を折り返す。もしかしたら仕事の電話かもしれない。
 燐音くんは電話に出ないことは無かった。いつもすぐに電話に出て、ニキくんおっせえよ! って。
 呼び出し音が切れる。あ、燐音く、と声をかけた瞬間に「おかけになった電話番号は……」と機械的な音声が流れる。
 紡ごうとした言葉は、途中で止まり、空いたままの口を閉じることが出来なかった。
 珍しいこともあるもんだ、と、携帯を置き、スプーンを持った手を進める。
 きっと、立て込んでるんだ、きっとすぐ折り返しがくる。真っ暗になった携帯は彼の名前を表示することは無かった。



 彼からの折り返しがないまま一週間が過ぎた。
 いつも通りの日常を過ごし、電話があったことなど、すっかり忘れていた。
 Crazy:Bの仕事もなく、個人の仕事をこなし、彼と会うことも無い日を過ごしていた。
 平和な日々だった。
「椎名、天城を見ませんでしたか?」
 ある日、HiMERUから声をかけられた。ここはカフェシナモン。アルバイトに精を出している中、HiMERUはカウンターの一人席で注文されたコーヒーを持ってきた自分に聞いてきた。
「燐音くんっすか?」
「はい」
 思い出すが、彼の姿を見たのは一週間以上前、そういえば電話が一週間前にかかってきて、それから……どうしたんだっけ。彼の声を聞いただろうか。
「いや、見てないっすね」
「……そうですよね」
 受け取ったコーヒーを飲みながら、視線を外したHiMERUは、何を考えているのだろう。何か用っすか? と聞いても、いえ、としか言わない。これ以上なにも聞くことはないと言いたげに、HiMERUは携帯をいじり始める。
 それじゃあごゆっくり、といつもの決まり文句を言い、踵を返すと背中越しに、椎名、と声をかけられる。
「天城のことが気にならないのですか?」
 HiMERUはどんな顔をしていたのだろう。振り返った時には携帯を見ていたHiMERU。その顔はいつも通りだった。
「まあ、気になるっすけど……そのうちふらっと戻ってくるでしょ! 燐音くんっていつも」
「HiMERUが悪かったです、早く仕事に戻ってください、椎名」
 聞いてきた癖に、途中で話を居られ、なんすか、と溜息をつき、厨房に戻る。
 気にならない、なんて言えない。気になる。でも、彼はいつもふらっと帰って来る。だって、彼の帰る場所はここだ。



 二週間が経った。彼は未だに連絡もなく帰っても来ない。
 お腹がすいた。絶対にすぐ折り返しをくれた携帯電話、今でも彼の名前を表示しない。
 あれからCrazy:Bの打ち合わせのためにとHiMERUが珍しく声をかけたが、相変わらず彼と連絡が取れないようだ。
 椎名からも連絡してみてください、と言われて連絡したが音沙汰は無い。
 あの日の電話を境に、彼と連絡を取れることはなくなった。
 さすがに何かあったのだろうと、あんずに相談を持ちかけたが、彼女は何も言わない。わかり次第、共有します。それしか言われなかった。

 燐音は何を言いたかったのだろう。
 彼の言葉を思い出す。

「絶対携帯には出ろよ」

 そういえば、彼は酔ったある日こんなことも言ってた。
 その時は酔っ払いの戯言、またなんか言ってると呆れながら聞いていた。彼は、なんて言ってただろう。
 その時、彼は、寂しそうな、物悲しそうな、なんとも言えない、顔をしていた。
 なんて、なんて言ってた……あの時。どうしても思い出せない。酔った彼が、肩を預けて、ニキって。

 ぷるぷる………

 携帯の音で意識が戻る。携帯の画面には、あんず、の名前が。
 はい、と電話に出る。あんずの声。
 手に持っていた携帯は、手から滑り落ちる。

 天城燐音が死んだ。




 二人で暮らしていたアパートの部屋で、仰向けに床に転がる。
 窓を開けっ放しにした部屋に涼しい風が入ってくる。蝉の合唱はもう聞こえない。
 カーテンがゆらゆらと、涼しい風に揺られる。もう、夏も終わりだ。
 顔を腕で覆った自分にはもう、何も見えない。お腹が空かない。彼と過ごした日々を思い出して、その匂いだけでお腹がいっぱいになる。

 事故だったらしい。
 運ばれた時、少しだけ意識があったようだ。声をかけても、苦しいのか何も喋れず、息荒く呼吸だけをして、そして目を閉じた。
 そのまま意識は無くなり、還らなかった。そう、医師からは言われたと、教えて貰った。
 身分を証明する物がなく、事務所に連絡が来た時には骨になっていた。
 状況確認、その他もろもろを行い、仕事の状況や精神状況を考えた上で、今の連絡になったとの事だ。
 あの日の電話は「事故の日」だった。
 彼は何を言いたかったんだろう。あの日、電話をかけてきた彼は、何を。
 



 ふと、思い出す。
 酔って帰って来た日、彼は、ニキ、と肩を預けた状態で、まるで子供に言い聞かせるように、優しい声で、彼は言った。

「ニキ、電話には絶対出ろよ」
「はいはい、燐音くんいつもそれ言ってますよね! 出ますから、ほら、歩けます?」
「……ニキ」
「なんすか?」
「俺とお前は家族じゃない」
「……そうっすね」
「だから、もし、万が一事があっても、お前に連絡は来ないし、俺のとこにも連絡は来ない」
「……何言ってるんすか」
「だから」


  絶対に電話には出ろよ。やくそくな。


 なんで、今の今まで、忘れてたんだろう。
 それだけ言って、そのまま寝ちゃった彼を運ぶのに必死で。だから、だから忘れてしまった?
 あの時、下を向いてた彼はどんな顔をしていたんだろう。
 なんでいま、思い出したんだろう。

 もう、彼の声は聞こえない。


end















続きはいつか漫画で出したい。










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