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※モブが出てきます。
※直接的な描写はありませんがモブとの匂わせはあります。
※あまり後味は良くありません。
※燐音、ニキ互いに暴力(喧嘩内)あり
※二人でユニットを組んでいた時の話





無価値な僕ら




 残暑が長引いている九月中旬。学生なら新学期が始まり、夏休み明けの日常にだらけ始めている頃だろう。
 卵が焼ける匂いが漂うキッチンで、ニキは同居人の事を考えていた。一年前のある日に拾ったお兄さんは、とても綺麗な顔をしていた。拾った当初、彼はとても警戒をしていたが、作った肉じゃがを食べさせてあげて、気がついたら自分のことを"命の恩人"だと言ってくれた。
 その後、不思議な二人の共同生活が始まった。
 何も知らない彼にいろんな事を教えるのはとても楽しかった。クーラーの付け方が分からなくて夏バテして熱中症になったり、お店の仕組みが分からず、店頭に並ぶ商品に圧倒されていたり。何もかも初めての連続だった彼に、教える自分もまるで全てが初めてのように新鮮さを味わえたものだ。
 ある日、なぜ家から出てきたのか、と聞いた時、アイドルになりたいから、と彼は言った。その後、アイドルになる為にはどうしたらいいのかを一緒に調べて、色んなオーディションを一緒に受けて、気づいたら一緒にアイドルをやっていた。
 事務所に所属することが出来、お兄さんが喜ぶ姿を見て、自分の事のように喜んだし、そのキラキラ輝いた笑顔はアイドルそのものだった。
 だが、このキラキラするお兄さんを見て、何度も思ったのだ。「自分は隣にいる必要があるのか」と。
 お金が無く、新調出来ない古い靴をすり減らしながらひたむきに練習する姿、一人夜こっそり抜け出して体力作りをする姿、自分の動画を見直して、ポーズのとり方、顔の角度を確認する姿。努力を続ける姿を自分と比較し、彼の邪魔になるんじゃないかと、何度も考えた。
 不安が伝わるのか彼に「ニキが居てくれたから俺はここに居る」と何度も何度も言われて、ユニットとして舞台にたち続けていた。
 だが、ある日、彼にソロの仕事が舞い込んできた。お兄さんが直接、実は、と話してくれた。仕事内容は表向きの大きな活動というわけでは無く、ソロでのラジオ出演という事だった。
 とても申し訳ないという顔で話してくれた彼だったが、自分としてはとても嬉しかった。自分以外にも、彼の努力を見てくれてる人がいたんだと、そして、認められたんだと、とても嬉しくなった。
 その後、少しずつソロの仕事も増えていくお兄さん。自分にもソロの話が出たが、もともとアイドルではなく、料理人になりたかった自分はソロの仕事は全て断った。あくまでお兄さんと一緒にやる為にアイドルをやっているだけで、一人でアイドルとしてやっていくつもりはなかった。
 その気持ちをわかっていたからか、お兄さんは自分がソロの仕事を断っても何も言わなかった。そして少しづつ、二人での仕事が減り、ある日、二人での仕事が入ったんだ! と大きな笑顔を浮かべて家に帰ってきたお兄さんに、喜べない自分がいることに気がついた。
 そして、彼に言った。この仕事で引退する、と。






 ガチャっと扉の開いた音。お玉を掻き回しながら、おかえりなさーい、と声をかけるが返事はなかった。
 リビングへ入ってきた彼の方へ顔を向けるが、長めの前髪に隠れた表情を伺うことは出来なかった。
 カチッと火を止め、燐音くん? と声をかけるが返事はなく、再度燐音くん? と声をかけるとはっとした表情をしたあと、まるで迷子の子供のような表情を一瞬見せたかと思うと、いつもの明るい顔になり、ニキ、と呼ばれる。お互い無言が続いた後、燐音くんの明るい声で静寂は消えた。
「ニキ、今日の飯は?」
 あの一瞬の表情の真意を聞くべきかどうかを悩んだが、腹減った、と続いた彼の言葉に口を噤んだ。

 あの日を境に燐音くんの帰る時間が遅くなっていき、会える時間も自然と減っていった。それでも彼の分のご飯は作り、冷蔵庫に置いておいたが毎朝それがなくなることはなかった。
 毎度、食べきれなくて申し訳ないからもう作らないで欲しいと言われたが、これだけが唯一の繋がりのような気がしてしまい、作り続けた。たまに会う燐音くんの表情は、日に日にあの時見たキラキラしたアイドルとはかけ離れていった。
 久しぶりに早く帰ってきた彼の顔はやつれていた。あの時のキラキラとした自分が眩しいと感じた"アイドルの燐音"はそこにはいなかった。自分の前だからという安心感もあることはわかっている。だが、彼は決して弱みは見せなかったし、いつでも心配をかけないようにと表情を隠すから、過去体調を崩した時も察するのが遅くなって悪化したものだ。
 隠したくても隠せないほど、彼の体は明らかに細く、顔から覇気が減っていた。
 机を挟んで向かいに座っている彼の箸は全く進まない。
 久しぶりに早く帰ってきた彼に、何を食べたい? と聞けば、今はお腹すいてないと返ってくる。そんな彼を無理矢理座らせ、なるべく消化のいいものを机に並べて、無言で箸を渡した。
 申し訳ない顔で、お味噌汁を啜り、目の前の固形物に何とか箸を付けようとするが、一口食べたあとそっとお箸を置いて、すまん、と下を向く。
 そんな彼に、ふう、とため息をついて、自分の箸を進めた。びくっと肩をふるわせた彼は何も言えないのか、ただ無言でそこに座っていた。決して怖がらせるつもりも、無理をさせたいつもりもなかった。でも、日に日に痩せてくる彼に、何かを食べさせてあげたいと思う自分は傲慢なのだろうか。
 正直、こんなになるくらいなら、ずっとここにいて欲しい。と言う言葉が出てきそうになる。それくらい自分は心配しているし、こんなふうになってしまうアイドルなんて、正直やめて欲しい。でも、あんなにキラキラ輝いた目で目指していたアイドルを簡単にやめろなんて、今の自分に言う資格はないと思った。だから、口に運んだ雑炊と共にその言葉は飲み込んだ。








 夕ご飯の食材を買って帰ろうとスーパーに寄ったいつもより少し遅めの帰り道。少し肌寒くなってきたこの時間。暗くなるのも少し早くなってきたため、辺りは既に街灯が付き始めている。
 ふと、目の端に目立つ赤色が見え、そちらに目線を向けた。そこには燐音くんがいた。そろそろ帰る時間なのか、周りに仕事関係の人が見当たらず、一緒に帰ろうと声をかけるため足をそちらに向けた時だった。燐音くんの後ろから中年の男性が燐音くん、と声掛けていた。見た目からなんとなく仕事関係の人なんだろうということは分かる。ああ、まだ仕事中なのかと、足を止め、踵を返そうとした、が、燐音くんの表情は少し怯えるような、それでも笑顔を何とか崩さないように取り繕うような、そんな表情をしていた。
 思わず、その場に立ち尽くすが、なぜか自分がここに居ることを見られてはいけない気がして、後ろに下がる。男性は燐音くんの肩を組み、明らかに顔を寄せていた。
 燐音くんならわかるだろう。その企みも意味も、何で、なんで許してるんだ。ふつふつと怒りが湧いてくる。きっと燐音くんはこんな所見られたくない、わかってる。自分がここに居てはいけないことも。でも、許せなかった。どうしても。なぜだかは分からないが、許してはいけない、そして、放っておけなかった。きっと、最近元気が無い理由は全てこれのせいだ。
「燐音くん!」
 気づいたら声が出ていた。肩を寄せていた男はこちらに目を向け、そっと肩を離した。燐音くんの表情は一瞬ほっとしたような、だが、まるで気まずいと言うようにそっと目を逸らした。
「仕事終わりっすかぁ?」
「え、あ、ああ…….」
「じゃあ、燐音くん、また明日ね」
「あ、はい、お疲れ様です」
 男はそっとその場を後にした。燐音くんと二人取り残され、燐音くん、と再度声をかける。はっとしたように笑顔を取り繕いお疲れ、と絞り出すように出た言葉は少し震えていた。
「ニキ、お疲れ、学校帰りか?」
「……」
「……ニキ?」
 何も言わないことに痺れを切らしたのか再度名前を呼ばれるが、そのまま手を引き、家へ向かった。ニキ? と再度名前を呼ばれたが、何も答えない自分に諦めたのか、燐音くんは何も言わなくなった。
 いつもより早足で向かった家。ガチャっと鍵を開け、いつもより重たい扉を開けて燐音くんの腕を引いたまま家へ入る。どこにも行かないように先に燐音くんを部屋の奥へと促す。
 未だに何も言わないことに不安になったのか、再度、ニキ、と名前を呼ばれた。ビニールに入った食材を机に置き、立ち尽くす燐音くんの前に立った。そのまま彼の腕を掴む。痛っと声を上げた燐音くんを無視し、そのまま腕を引き寄せて彼の目を見る。その表情は不安と恐怖だった。揺れる瞳を見て、それでもこの怒りを噛み締められなくてぶつけてしまう。
「燐音くんはそうやってアイドルになりたかったんすか?」
「……は?」
「そうやって媚びを売って、自分を犠牲にしてアイドルになりたかったんすか」
 ぎりっと掴んでる彼の腕が軋む。顔を歪める彼の顔を見つめながら、力いっぱいに床に倒す。ガンっと壁に彼の体がぶつかり、声が出ないのか、うっと呻く彼の肩を壁に力いっぱい押し付けた。
「最近おかしいと思ったらそうやって、自分を雑に扱って、それで仕事をもらってるんすか!?」
「……っニキ」
「そんな燐音くんが愛されると思ってるんすか?!」
「……ふざけんな」
「……は?」
 気づいたら体が浮いていた。燐音くんに蹴り飛ばされたのだと、後から腹部に感じた激痛で気づく。息の仕方を一瞬忘れる。咳き込む自分に近づいてきた燐音くんに胸ぐらを掴まれ無理矢理立たされる。目の前めいいっぱいに広がった燐音くんの表情は今にも泣きそうな顔をしていた。
「お前には関係ないだろ」
「……は? 関係ないって……」
「俺がどうやってアイドルになろうがお前には、もう、関係ないだろ」
 そのまま床に再度転がされる。背中に感じた痛みに思わず息が詰まる。天井の照明で逆光となった彼の顔を見ることは出来ない。だが、声は震えていた。
「お前はもう、ペアでもない。お前と俺は赤の他人、だから、だから……関係ない。俺が何しようとお前にはもう、全く関係ないだろ」
「……心配することも許されないんすか?」
「……心配で腹は膨れるのか? 生きれるのか? 綺麗事ばかり言ってんなよ」
 それだけ言うと、そのまま横を通り無機質なバタンと音とともに部屋を出ていってしまった。かちかちと時計の音だけが響く静かな部屋にただ一人残される。
 蹴られた腹が痛み、そのままごろんと寝っ転がる。天井を見つめ、なぜか涙が目に溜まる。
「……ははっ、痛いや」
 痛みのせいで溜まった涙。きっとそう。燐音くんに思いっきり蹴られたお腹はきっと、明日あざになってしまう。その前に冷やさなきゃと思いつつ、体は全く動かない。目に溜まる涙を隠すように目を腕でおおった。







 ニキから言われた言葉が何度も何度も繰り返される。愛されない。きっとそうだろう。でも、無価値な自分に今できることは何でもする。そうでないと、ここにいる意味が無い。アイドルになると言った時、ニキは喜んで沢山調べて、一緒にアイドルの扉を叩いて、隣に立ってくれた。それまでの全てを失ってしまうかもしれない。そんなことはしたくない。
 今までの全てを失うくらいなら、通り道のちょっとした自分の苦しみなんてなんの問題もない。だから、あの男の向けてくる視線、感情、全てに気づいていようと、関係ないんだ。
 何も考えずに家を飛び出してしまった。ここで戻ったらまたニキに迷惑を掛けてしまう。命の恩人である彼に何度も迷惑をかけて、心配をかけて、自分は何度あそこにいていいのかと考えただろう。少しでも恩返しができるかも知れないと、アイドル業で得たお金は全てニキに渡している。でも、アイドル業を出来なくなったら? 自分はただのお荷物なのではないか?
 行くあてもなく、途方にくれ、家に戻ることも出来ず、公園のベンチに腰掛ける。このままどうしようか。行くあてもない。お金もない。明日になれば仕事がまた始まる。大きなため息とともに思わず空を仰ぐ。故郷の空とは違い、星はあまり綺麗には見えないが、繋がっているさきは一緒なのだと思わず目頭が熱くなる。このまま、故郷に帰るべきなのだろうか、あの檻の中へ。
「燐音くん?」
 自分を呼ぶ声が聞こえた。まさかニキ? と思い、声がした方へ視線を向けた。そこにいるのはニキではなく、例のディレクターだった。
 ああ、あの視線だ。あの、視線がまた、向けられている。
「お、お疲れ様です」
 笑顔を崩さず、にっこりと笑う。少しずつ距離を詰められ、お疲れ様とそっと手を握られる。背中に嫌な汗が伝う。目線はこちらに向けられたままだ。目線を外すことは出来ない。あくまで好意的であると思ってもらわないといけない。都会ではこれが当然なのだろう。きっと、こうしてみんな仕事を。
「こんな時間にこんな所でどうしたの?」
「あっ、いやちょっと」
「家出?」
 図星をつかれて、思わずははっ、と乾いた笑いが出てくる。握られた手が、すりっと、撫でるような手つきに変わる。嫌だと体は強ばるが、表情はギリギリ保つ。仕事をくれる人だ。自身が生きるために必要な相手だ。
「それなら家泊まる? 空いてる部屋あるよ?」
「え、で、でも、迷惑だと思うので」
「気にしないで! 明日もほら現場一緒でしょ? 燐音くんなら大歓迎だよ! それにおうち帰れないんじゃ、明日の仕事も支障きたすでしょ?」
「あ、そう、ですね」
「だから、おいでよ、ね?」
 ぎゅっと強く握られる手。もう、これは断ることは許されない。そう、悟った。
「……はい」
 了承をした言葉に男はにこっと、どんな意味を含むのかよく分からない笑みを浮かべた。
 引かれる手を見つめながら、何度も自分に言い訳を並べる。
 生きるためには何かを犠牲にしなくてはならない。時間なのかはたまた、自身なのか。生きるために色んな人が色々なものを犠牲にしている。自分はそれが自身だっただけだ。
 街灯に照らされる男の背中は広く、握られた手はごつく、燐音に諦める選択肢を与えるには十分だった。







 あれから一週間。燐音くんが帰ってくることは無かった。いつ帰ってきても良いように料理は常に二人前作り、夜遅くまで待っていた。お陰で常に寝不足状態で、教室で居眠りをしては怒られる日々が続いていた。
 帰ってくる気は無いのだろうか。燐音くんに蹴られたお腹は未だ痣が残っていた。
 「心配でお腹は膨れるのか」と言われた時、否定が出来なかった。アイドルを続けることは彼にとって夢でもあり、生きるための理由でもあるんだとあの時改めて気づいた。
 初めて給料をもらった日、燐音くんから通帳を渡された。ここにお金が入るらしいから、この通帳は食費に使って欲しいと。何度も断ったが、自分の食い扶持はせめてという彼に了承した。未だにあの通帳はタンスの奥底にしまってある。
 そうだ、これを返さなきゃいけない。今後、燐音くんがもし一人で生活するならこれが必要だ。だから、だから探さなきゃならないと自分に言い聞かせ、通帳を握りしめて部屋を飛び出した。


 寒くなってきたこの時期に、上着を羽織って燐音くんが行きそうな、それこそこの前見かけたあの場所も、色々探した。だが、燐音くんは見つからなかった。
 そろそろ暗くなってきたため、諦めて帰ろうとしたが、ふと、彼と出会った路地を思い出した。最後にそこだけ、と家に向かおうとしていた足をUターンさせた。

 あの時を思い出す。体育座りをし、体を丸めて顔を伏せてそこに座っていた。また少し痩せただろうか。足音に気づいたのか、顔がこちらに向く。自分の顔を確認した瞬間、ニキ、と弱々しい声で呼ばれた。
 手に持っていた通帳をポケットの奥深くに突っ込み、手を差し出した。視線を泳がせ、手を見た後、再度こちらに顔を向ける。
「お腹」
「……?」
「お腹すいたっす」
「……あ、ああ」
「帰るっすよ」
「……うん」
 小さく返事をした彼の手が握られる。自分よりも大きな手。立ち上がれば自分より大きな背。
 それでもまだまだ、何も知らない、無価値な僕らだ。


end






















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