呼吸




まるで意識がとろけるようだった。
小さな刺客が現れてからおかしくなっていった日常に、どうやら頭までおかしくなってしまったらしい。

白く、細い指先が、頬を撫ぜているのだ。
感触がした。実際視界を占めるのは黒に近いクリムゾン、自らの瞼の裏側。
感触がした。それだけで指の持ち主がすぐに分かってしまう自分がつくづく厭になる。

(いつから眠っていたのか、いつから目が覚めているのか、わからないけれど。)

この指にきっと光っているのは、鎧のようなシルバー。
ごつごつと無骨なそれは、華奢な指には似合わない。が。
しかしそのアンバランスさが、妙に危うい。

(この事象は、もしかすると夢なのかもしれない。)

その指は冷たかった。
まるで氷のようだとも思った。
時間が止まってしまったようだった。
彼は気づいていない。


僕が覚醒しているということに。


どうにかなりそうだった。
血管を巡る血液が、その冷たさに触れたところから冷却されて、
熱い心臓で再び温度を上げ、また巡っていく。
ぐらぐらした。

(どうしてそんなに。)

さも愛しいものを愛でるような手つきで。


暫くした後、不意に冷たさが消えたので、目を開けてみた。
心のどこかで期待していたのかもしれない。
これは夢だ。
僕は。

とんでもなく都合の良い夢を見ている。

自分でもなかなか気づかなかったような意識の深い深いところに息衝いていたその想いを認識したのは最近で。
だから、夢だと思った。彼が、この僕を、存外に綺麗なその指先で、

(まるで愛撫だ。)

目を開けた先で、暗い室内で鈍く光る銀髪が揺れていた。
お願いだから、そんな懇願するような瞳で、そんな泣きそうな声で言わないでよ。



「おまえがすきなんだひばり。」



僕は、とんでもなく、都合のいい夢を、見ている。




FIN.
(2008.02.04)

ひば→←ごく










あきゅろす。
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