悪魔ワルツ

(吸血鬼)




みどりいろの目をしたそいつがにんまりと笑う。
綺麗に並んだ歯。犬歯だけが変に目立つ。
美しい顔、白い肌、夜に咲くような悪魔が、笑う。
銀色が下品にぎらついた。

「お前、美味そうだ。」

悪魔が、笑う。


***


「・・う、」

目が覚めた。明るい。もう朝か、今日が休みで良かった。
いつもより体が重たい気がして、ふ、と昨日の夢を思い出す。

珍しく泥酔していた。2年間も付き合った彼女と別れて、馬鹿みたいに傷心を酒で癒したのだ。
彼女はやけに冷静に一言、別れましょう私達、と告げた。
それなりにショックだった。でも、今となっては愛していたのか、愛されていたのかよく解らない。

仕事帰りにアルコールに浸る中、夢を見ていた。どこで寝てしまったのかは解らない。
ただ、今目に映る風景が自宅の寝室であることから、きっとひとりでに帰宅し、いつの間にか眠っていたのだろう。

変な夢。
帰り道、いつもの道、違ったのは月の色。血のような濁った暗い赤が夜空の闇にぼうっと光っていた。
そこで、そうだ。

「・・・悪魔に会ったんだ。」

「それって俺のこと?」

いきなり降ってきた言葉。
ぎょっとして声のした方へがばりと振り向く。
ベッドの脇に軽く腰掛けている、それ。
鈍く光る銀色の髪、白を通り越して青白い肌、外見の妖しさにそぐわない春を思わせる新緑のような瞳。
にやり、と笑う唇がやけに、赤い。
犬歯が、

犬歯が、やたらと目についた。


妙な夢の中の悪魔がそこに居た。





「・・君は、悪魔?」

あの時の彼女のように、自分でも驚くほどに冷静な声色。
驚いていないわけではない、ただ、何故か必然を感じたのだ。

悪魔は相変わらずにんまりと笑っている。

「悪魔か。惜しいな、そんな大層なもんじゃねえよ。」

真っ黒な装いが白磁を更に際立たせる。
美しい、と思った。異形を。

「お前らの言葉で言うと、アレだ、吸血鬼?」

ああそうか、吸血鬼か。
夢の中でこの悪魔は確かに言った、「お前、美味そうだ。」と。
肉を食われるのではなく、これが欲しがっていたのは自分の血液だったのか。

「それで、吸血鬼の君が、僕になんの用?」

「はは、飲み込み早いなお前。」

ぎしり、とベッドのスプリングが鳴る。
ゆっくりと美しい悪魔がこちらへ近寄ってくる。
恐ろしいともおぞましいとも思わなかった。ただ、美しいと思った。

「お前、美味そうだ。」

デジャヴ。
昨日のお前はアルコールの匂いが混じってたから、でも今はもっと美味そうだ。
スローモーションのように思えた。
赤い唇がゆったりと開いて、首筋に温かい息がかかる。

食われる、と思った瞬間に、鈍い痛みが走った。



「やっぱりお前、美味い。」

じゅる、と手の甲で口元を拭う。
こぼれた血が擦れて、白い頬まで汚す。
ああ、僕の血で、汚れている。
そう思うと、何故だろうか、興奮した。
彼女のことなど、この異様な状況など、もうそんなことは頭になかった。

「そりゃ、どうも。」

僕も笑って、己の血で汚れた悪魔の口元に、噛み付いた。




FIN.
(2008.07.29)

絶対書かないと思ってたんですけど・・やってしまったよ!










あきゅろす。
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