もうだめだ、自覚してしまったから。





Vol.5:「とりあえず突撃しろ。可能性は無限だ。」



獄寺はおおいに悩んでいた。
思春期の健全なる男子高校生が同性を好きになってしまったのだ。仕方が無い。
しかし、獄寺は同性愛に対して偏見があるわけではない。
ただ、相手が問題なのだ。

(何でよりにもよってあいつを好きになんかなるんだよ、俺は・・!)

うっかり恋してしまった相手は、かなり傲慢で高慢でバイオレンスな俺様のアブナイ奴だった。
なんて、洒落にもならない。

きっかけは明白だけれど、芽生えは曖昧だ。
もしかすると、もうずっと前から好きだったのかもしれない。
気付けば"ムカつく奴"という理由で目で追っていたし、煽られれば突っ掛かっていた、それがちょっと楽しかったりもした。
他の人間には全く関心を寄せる素振りを見せない雲雀が、自分にどんな理由であれ、構ってくれるのがちょっと嬉しかったりした。

(って俺、すげー雲雀のこと好きだったみたいじゃねえか!!)

授業中に隣の席で頭を抱えてうんうん唸っている獄寺を、山本は不思議そうに眺めていた。

(でもあいつ・・。)

雲雀は、きっと普通に女性が好きなのだろうと思う。
それも格段に面食いだ。あんなに綺麗でエロい女性ばかりに囲まれているのだから、男なんて範疇外どころか思考の隅にも引っ掛からないだろう。
短いため息をついた。考えたってむだだ。

(俺がいくらあいつを好きになったって、報われる日は永劫来ねぇ。)

これまでがそうであったように、叶う日は来ない。何よりこの恋は伝える前に潰えてしまう。
長く伸ばした襟足が邪魔だと思った。どれだけ女の真似事をしてみても雲雀は自分を見ない。


「山本、放課後ちょっと付き合え。」


***


「獄寺、お前思い切ったのな〜。」
「そんな言うほどカットしてねえよ。」

長かった襟足を、切った。それでもセットできるように首筋にかかるほどは残した。未練がましい自分が厭になる。

「・・んだよ、変か?」
「うんにゃ、全然!(むしろなんかもっと可愛くなった気がするのな・・)」

賢い山本は心の声を口に出さなかった。自覚の無いナルシシズムに対する"可愛い"は禁句だ。
ただ、ワックスで固められた襟足から覗く白いしろい首筋が、山本をなんとも不安な気持ちにさせる。

「・・おれはおんなのこがすきおれはおんなのこがすき・・。」
「何ぶつぶつ言ってんだよ。あ、マック行こうぜマック。」

ちょっと腹減ってきたから、と自分のシャツの袖口をくいくいと引っ張る獄寺。

「―――!!!!おれはおんなのこがすきおれはおんなのこがすきおれは」

涙目で理性と煩悩の狭間で揺れている山本。
そんな友人に気付きもせず、そのままサロンの斜め前にあるファーストフード店に入った、瞬間。
獄寺の足が自動ドアの向こう側に一歩踏み入れたところで止まった。
涙目の山本が背中にぶつかったが、気付かなかった。

「・・・まじ、かよ。」


雲雀が、居た。
二人がけのテーブル席、雲雀の向かい側には知らない制服の綺麗でエロいお姉さんが座っている。
柔らかい表情の雲雀、嬉しそうに綺麗に笑うお姉さん、良い雰囲気、甘ったるい、雰囲気。

動けなかった。足が竦んでしまう。

(な・・・んで、)

この前はただ、驚くだけだったのに。雲雀が女性と引っ付いていたって驚いただけだったのに。
なんで、こんなにも、

(い・・たい、痛い、)

心の底がぐずぐずと痛む。
今まで女の子にフラれても、憤りを感じることはあってもこんな痛みを味わうことなんてなかった。
まだ雲雀に拒絶されたわけでもないのに、女性と楽しそうに話す雲雀を見ただけなのに。
ここから逃げなくてはいけないと、目頭がどんどん熱を持ち始めてくるのを感じた獄寺はそう回避しようとした。

が。

「あれ、雲雀じゃねーか!」
「!!おま、やまm「あ、・・奇遇だね。」

ぎょっとして知らぬ間に隣に立っていた山本の腕を掴んだけれど、遅かった。
雲雀がこちらを見た。獄寺を見た、目が合った、瞬間。

(そ・・逸らされ・・)

「〜〜!!おまえまじ・・コロス・・!!」
「ん?どうしたの獄寺。あっこ雲雀居んぜ!あれ彼女かなーあっち座ろうぜー!」
「・・・もうどうでもいい・・。」

*

「あの可愛い子たち恭弥の知り合い?」
「ああ・・うちの学校の1年生だよ。」
「へェ〜そうなんだ。・・・・どうしたの?」
「何?」

「眉間、しわ寄っちゃってるわよ?」

ほら、豪奢に飾り立てられた人工の爪が雲雀の眉間を撫でる。

獄寺、隼人。
の、隣に居るあの男子生徒。確か野球部のエースだと記憶している。
獄寺の細い白い指先が、あの男子生徒の腕を掴んだ、瞬間。

(なにこれ。)

なにかもやもやとしたどす黒くて重たいものが体の底に生まれた。
その男子生徒が獄寺の薄い肩を抱き寄せてこちらを指差して何かを言っている。
どす黒い何かが、質量を増した。


「お邪魔するのなー!」
「おい、やまもと・・!」
「あら、どうぞ。」

すぐ隣の席に腰を下ろした獄寺と、やまもと、と呼ばれたその男子生徒。
隣町の女子高の女と山本が何故か打ち解け、会話を弾ませている最中も、どす黒いもやもやはどんどんと大きくなっていく。
山本が自分を好きな女と楽しそうにしているのが原因ではない。
獄寺が、この野球部員と楽しそうにしていたのがいけないのだ。

ふと、気まずそうな顔をした獄寺と目が合った。

瞬間、もやもやはすっと消えた。


「やあ、髪、切ったんだね。」
「・・・!」


とりあえず雲雀は、今朝見かけた時より髪を短くして、なんだか前よりも可愛く思えてしまう獄寺に心から微笑みかけた。




Fin.
(2008.05.06)












あきゅろす。
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