この子は何を抱えているのだろうか、その細腕に。
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僕の背中で泣くな
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久しぶりに雲雀はこの殺風景な部屋のフローリングを踏んだ。
とは言え、2週間ぶりのことなので、あまり久しぶりとは言えないかもしれない。
ただ、その2週間より以前は、ほとんど毎日のように訪れていたので、雲雀にとっては実に久しぶりだった。
久しぶりだったのに、合鍵で部屋に踏み入れた瞬間、重く圧し掛かるような空気に、そこは満たされていた。
玄関はいつも暗い。でも、扉を隔てて奥のリビングが、この時間から暗いことは珍しい。
がちゃ、キィイ。
やけに響く音。
リビングのソファに膝を抱えて、この部屋の主である獄寺が居た。
獄寺は、雲雀の姿を見とめると、再び足元に視線を戻してから、呟いた。
「俺は、どっちでもいい子なんだよ。」
「・・・なにそれ。」
久しぶりだったのに。この対応はあんまりだ。
逢瀬の初っ端から、鬱に付き合う羽目になるだなんて。
かと言って、そんな思わせぶりな言葉を「あ、そう。」などとあしらってしまう程、
思いの外雲雀は恋人にまで非常な男ではなかった。
小さくため息を吐いてから、まるで来訪を予め知っていたかのように一人分空けられたソファに腰かけた。
狭い。肩が触れる。頼りない肩だと思った。
平均は知らないが、少なくとも自分より薄いことは明らかで。
無性に愛しくなる。
(この子に出会ってから、不思議なことばかりだ。)
肩に掛かるやわらかい銀糸に指を絡めて、尋いた。
「どうしたの。」
「・・なんでもない。」
全くこの子は。どうしてそう弱い部分を垣間見せる癖に、肝心な深部を晒そうとしない。
雲雀は二度目のため息をついた。
途端にぴくり、と震えた肩に、苦笑が洩れる。
(そんなつもりのため息じゃあないのにね。)
「どうしたの。僕にも言えないこと?」
「・・言えなく、ない、けど。言ったら、絶対、泣く。俺が。」
「どうして。」
「・・思い出すから。」
「・・・そう。じゃあもういいよ。」
不安そうな瞳が雲雀を捉えた。
「そういう意味じゃなくて。話さなくていいよ、ってことさ。」
獄寺は脆い、と雲雀は考える。
獄寺が気丈に振舞えば振舞うほど、本質を見抜いてしまった雲雀の目にそれは儚く映る。
彼もそれをもう理解しているのか、こうして二人だけになった時は何重にも纏った虚勢という鎧を剥ぐ。
雲雀にはそれが純粋に嬉しかった。
彼が敬愛している人物でもなく、肉親でもなく、友人でもなく、自分にしか見せない本質。
「落ちるところまで落ちておいでよ、待っててあげるから。」
だからこそ、獄寺が欲しがっている言葉が解る。
「落ち着いたら電話でもなんでもしてきなよ。」
そう言って雲雀が立ち上がった、瞬間。
シャツの背中を掴まれて、進行を阻まれる。
犯人の手が微かに震えているのを感じて、体の底に暖かいものが広がるのを感じた。
「・・・りがと。」
「・・はいはい。泣くの見られるの嫌なんでしょ?」
頷いたのが気配で解る。でももう遅い、か。
「だったら離しなよ。」
それでも掴んだ手は未だ雲雀のシャツに絡められている。
そのまま暫く経って、ぐす、と鼻を啜る音が背後から聞こえて、雲雀は小さく微笑った。
「・・・泣くんだったら、」
背中じゃなくてこっちで泣いて。
ぎゅう、と為すがままに己の胸に顔を埋めて抱きつき返してくるこの愛しい生き物は、どうやったら笑うんだろうか、と。
雲雀は思考を巡らせた後で、とりあえず、本格的に嗚咽を漏らし始めた獄寺の天頂骨に口付けた。
FIN.
(2008.03.14)
泣きべそを甘やかす。
Thanks!Rachael
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