「ごめんなさい、お兄ちゃんが居ないって言えって…」
『そっか、ありがとな香夏ちゃん』
「いえっ、そんな」
『なぁ香夏ちゃん』
優しい声だと思った。電話越しに鼓膜に伝わる声でさえそう思った。
少し緊張しながらもはい、と応える。
『お兄ちゃん元気にしとる?』
「あ、はい。凄く元気だと思います。昨日なんか喧嘩しましたし」
『香夏ちゃんと?』
そうだ、昨日何故電話に出ないのか、海音寺さんに失礼でしょと言ったのだ。当の本人はあっけらかんと面倒だからだと答えた。
「はい、お兄ちゃんったら強情で」
『ははっ、それが瑞垣俊二じゃよ』
「お兄ちゃん素直じゃないんです」
『そうじゃな』
「本当はきっと嬉しいはずなんです…でも」
話の途中で受話器を誰かに取り上げられる。吃驚して上を向くとまさにその話題の人物が立っていた。
「海音寺」
『おっ瑞垣か?』
「俺の携帯にかけろ、番号は知っとるやろ?」
『うん』
「じゃ、」
『あ、香夏ちゃんに宜し…』
海音寺がまだ喋っているのにも関わらず、瑞垣は電話を切る。そしてそのまま階段を上がり自分の部屋に上がろうとする。それを香夏は止めた。
「ちぃ兄ちゃん、海音寺さんの電話受けるん?」
「お前な、余計なこと言わんでええ」
問いには答えずにそれだけ言うと階段を上がり始めた。
「素直になったほうが良いよちぃ兄ちゃん」
二階から兄が何か言ったのが聞こえたが、上手く聞き取れなかった。きっと良い言葉ではないだろうから気にしない。
香夏は微笑むと、リビングへと戻っていった。
『もしもし、瑞垣か?』
「俺の携帯に電話して俺以外の誰が出るんや」
『わっ本物じゃ』
「…で?」
「ん?」
「俊二、ストーカーなんて最悪だと思うの」
海音寺は毎日のように飽きもせずに電話してくる。はっきり言って鬱陶しい。 あの試合、たった一回勝負しただけの(そりゃ試合のことで連絡を取り合ったりはしたが)間柄だ。もう二度と関わることはないと思っていた、寧ろ関わりたくなかったのだ。なのに、何故。
『12』
「は?」
『何の数字じゃと思う?』
6×2、3と4の最小公倍数、月…分かるはずがない。しかし分からないなんて言いたくない。考えていると海音寺が笑うように言った。
『俺が電話した回数じゃよ』
「っはぁ?お前、」
『瑞垣、何で出てくれんのじゃ?』
(鬱陶しいから、なんて言ったらお前はどんな反応をするだろうか)
「俊二君は人気者やから多忙なんや」
『香夏ちゃんは暇そうにしてます、って言うとったけど?』
香夏のやつ余計なこと言いやがって。舌打ちしたのが聞こえたのか、海音寺はやっぱり、と呟くように言った。
『結構傷つくんじゃよ』
「知るか」
『あっ今のは傷ついた』
「はいはい」
『あ、雨降ってきたなぁ』
傷ついたなんて言っている割には声が明るい。ザザッと電話の後ろで雨の音がする。外だろうか。
「あぁ、そうやな」
いっそのこと何も言わずに切ってしまおうか。きっと俺は二度と電話を受けないだろう。
(あぁ電話なんてするんじゃなかった)
それから海音寺は野球のこと、学校のこと、テトラがどうしたとか、背が少し伸びたとか話し出した。俺は適当にあぁ、とかそう、とか相槌を打つ。はっきり言ってどうでも良い話だ、なのに何故電話を切れないのだろうか。
『瑞垣聞いとる?』
「ん」
海音寺と話をしたいから、まさかそんな訳はない。じゃあ何だ、12回も電話してきた奴への同情か、いや、違う。
どうして俺は電話を切れないのだろうか?
ぐるぐると考えが巡る。いつもぱっと答えを出す思考回路がぎすぎすときしむ。
『瑞垣?』
鼓膜に優しい音が伝わる。一回大きく心臓がはねた。そうだ、この声だ。あいつは男のはずなのにどこか安心する心地よい声をしている。
そこまで考えると、ある感情が頭に浮かんだ。狼狽する、そんなはずはない。
『瑞垣』
必死にその感情の名を消し去ろうとするが、なかなか消えない。海音寺にこちらの思考が伝わっていやしないか、極力何でもないように答える。
「何」
『好きじゃ』
ぎすぎすしていた思考回路が完全に止まってしまった。
「今何て言った」
『やっぱり聞いてなかったな』
「は、」
『ところで瑞垣、お前は良心持っとる?』
ころりと話題が転換する。いつもなら向こうの様子が手に取るように分かるのに、今日は何故か分からない。いったい海音寺は何を伝えたいのだろうか。掴みにくい奴だとは思っていた、しかしこれほどまでに掴めないのは初めてだ。
「…さぁ」
『持っててくれると嬉しいんじゃが…くしゅっ』
気のせいだろうか。外からと携帯から、同じタイミングでくしゃみが聞こえた。
「…お前どこに居るんや」
『…瑞垣家の前』
聞いたと同時に俺は部屋を飛び出していた。玄関にある傘を引っ付かんで外へと出る。そこには海音寺が傘も持たずに立っていた。
「海音寺!」
二階を見ていた目線が俺に移る。海音寺は優しく破顔した。
「お前あほか!何しにこんなところまで来たんや!」
「散歩じゃよ」
「こんな雨の日にか」
「うん」
はぁと思い切り溜め息をつく。海音寺はごめん迷惑じゃよなと呟いた。方向転換しようとした海音寺の手首を掴む。いつもは暖かい海音寺の手が冷たい、俺はちっと今日二回目の舌打ちをした。
「瑞垣?」
「風邪引かれたら誰かさんに文句言われるんじゃ、来い」
ぐいと手を引っ張ると、海音寺は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「っ…!」
部屋に入った途端、だんと壁に海音寺を押し付けた。ぎりりと肩に爪が食い込む。海音寺が苦痛に顔を歪めた。
「海音寺」
「何、じゃ」
「お前鬱陶しい」
海音寺が息を呑む。そうだ、鬱陶しい、近づくな、何で避けていたのにめげないのだ。けれど…
「けど」
言葉を続ける俺から目線をそらさないで、海音寺は口を結んだ。大きな瞳は今にも決壊してしまいそうだった。
「俺、お前が好きや」
まるで最初から用意されていた台詞みたいにするりとこぼれ落ちた。
「好き」
鬱陶しいやつだ。優等生で元野球部主将で、生徒会長だった。後輩からも先輩からも慕われる朗らかな性格。鋭利なナイフのように鋭く切り込んできたかと思うと、急に退く。掴めない奴だ。しかし、それに勝るほどに海音寺一希という男に惹かれていた、それはじりじりと体の内でくすぶっていた。知らなかったんじゃない、知らないふりをしていたのだ。
「ほんま、か」
「あぁ」
ポロリと一粒涙が溢れ出たかと思うと、一粒一粒大きな瞳から零れ落ちる。そしてそのまま下に崩れ落ちた。
「海音寺?」
「良かっ…た」
「は?」
「俺嫌われてしもうたかと思うた」
膝を立ててそこに顔をうずめる。海音寺は途切れ途切れにだが懸命に言葉を紡いだ。
「電話、出てくれんし…出てくれたと思うたらそっけねぇし…鬱陶しいって言われるし、まじ泣きそうやった」
「海音寺」
「お前、俺がどんな気持ちで電話してたか分からんじゃろ、すっげぇドキドキして、出てほしくなくて、でも出てほしかったんじゃ、矛盾してるけどな」
海音寺が顔を上げる。目の縁が赤く染まっていた。優しく笑い、じゃけど、と言葉をつむぐ。
「信じて良いんじゃよな」
「ええよ、ほんまにすまんかった…海音寺」
「…なぁ、一つだけ願い事聞いてくれんか」
海音寺はそう言うと俺が見たことのない綺麗な笑顔で照れたように笑い、軽い啄むようなキスを頬に、そして唇にした。そして耳元で呟くように言った。
「愛して」
星屑シャワー
(たくさんの愛とキスを!)
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