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まるで夢のような、8年だった。

ほんの些細な軽口だった。書類提出の遅さを咎めた言葉に、ふと口をついた一言は或いは本音から出た
恨み言だったかもしれない。
『俺はあんたを、8年待ったぜぇ?』
虫の居所の良くなかったらしいザンザスは、下らないとスクアーロを見下げる代わりに手を上げた。いつもの事だ。解っていて挑発の言葉を吐く自分はきっと、この男を試したいのだろう。
殴られると予感して歯を食いしばったのと、頤に拳が叩き込まれたのは殆ど同時。
痛みを認識するのは叩き付けられた力に逆らわずに床に体を投げ出してからだ。乾く口内にじわりと粘度のある塩辛さが沸く。血液は、案外辛い。
本能的に頭と腹部、脆い鎖骨を庇って俯せた体に予想通り足が振り下ろされる。舌を噛まぬよう歯を食い締めた。痛みを逃がす為に息だけはまともに。
苦痛を舐めながら、殺してやるのに、と思う。
この男より大事なものが見付かるなら、忘れる事でこの俺の存在を殺してやったのに。
(ガキじゃねぇかあんたなんか8年も置いてきぼりくったくせに、くそ)
伏せた背中を踏み荒らした固い靴の爪先がスルリと顎の下に滑り込み、器用にスクアーロの頭を持ち上げた。視界がくらくらする。
「8年余分に生きてた癖に阿保面引っ提げて息してただけかよ、空っぽ頭が」
傷だらけの綺麗な体から吐き出される言葉は、スクアーロに傷を負わせようとするひたむきな罵倒。
ザンザスが眠っていた間、自分が眠らなかったのは体ばかりだ。
夢を見るような8年。感情どころか感覚さえも、クリアに感じた事はない。
8年もの間、スクアーロはザンザスの不在について世界と折り合いをつける事がとうとう出来なかった。

「結局てめぇはココにいるんじゃねぇか。だったらテメェをどうしようが俺の勝手だ」
事実だと、スクアーロは口元を引き攣らせて小さく自嘲う。
うんざりする程途方もない時間を象徴する銀髪を掴んだ手は容赦なく長い髪を引っ張り上げた。加減のない力は、確かに真摯に自分に向かってくるザンザスの手の力。
この男に情愛などでなく怒りを求めた自分に、与えられるものはそれで充分だ。
「…今更じゃねぇか。そんなこと、ずっと昔から決まってた」
この男に会わなければ、自分は空のままで居られたのだろう。感覚の虚しさも頭の空腹も知らないまま。
この男を無くせば、また自分は劣化した記憶を食い、違和感と折り合いを付けられぬまま生きて行くのだ。
思い出に出来るなら、忘れる事ができたのに。
8年、自分の体は確かに時間を重ねた。やがて訪れる衰えは当然だがザンザスより早いだろう。
現実は自分の中に記憶として取り込んだ瞬間から劣化して行き、次の瞬間には感覚の精度は失われているとも知れない。絶対なのはたった今感じている事だけだ。それ以上のものは何処にもない。
見下ろしてくるザンザスの目が怪訝そうに絞られる。
スクアーロはゆっくりと手を伸ばし、ザンザスのシャツを掴んだ。
胸倉を掴んで口付けや抱擁や性交をねだる癖は、8年前のままだ。
未だ出会えた事に浮かれるように傷付けあう自分達には、多分似合っている。
「来いよ。ママよりも優しくしてやるよ」
唇が触れそうな距離で告げれば、赤い目は侮蔑と欲情を隠さずにスクアーロを見た。
刺さる赤の視線に触発されて掴んだままのシャツを左右に破く。裂ける音が小気味良い。
ザンザスの存在は空白の年月が嘘のようにスクアーロの現実に馴染む。
ひらひらと思想は絶え間なく隙間無くあちこちに飛び交いけれどひとつの事に集約していく。
どうあってもあんたのものだ。この体も頭も中身ごと。
たった今、こうしてザンザスに触れている事実以上の何が、自分に必要だろう。
まだ暫く、このままで居たいと願う位は構わないだろうか。
じわりと痛みを訴える体で、夢みた事もない永遠を遠ざける。

***
お目汚し失礼致しました。
オロオロと参加させて頂き、オロオロと駄文を書いて、やっぱりまだオロオロしております。
藤原さま、素敵な企画を有難うございます!ザンスクに幸あれ。























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