本日の日下部兄弟は緊張した面持ちで、時にそわそわと落ちつきのない様子で身支度を整えている。
 いま二人は屋外にいた。ショウの通う学校が休みのときは兄弟揃って外出するようになっていた。
 移動に車を使ったので、窓を鏡の代わりにして整えている。
 髪が乱れていないか、服の襟はよれていないか。じっくり確認していく。
「兄上、顔が固いのではないか」
「ショウも表情が定まってないけど」
 緊張からくる顔の強ばりを手で解す兄弟。
 その姿を車中の運転席に座ったら火縄がじっと見ていた。
 念のためにと運転手を買ってでたのだが、車外に降りた二人はかれこれ5分は身なりを改めている。
 火縄は彼らの送迎だけが仕事ではない。痺れを切らせたように運転席の窓を下げた。
「お前達。いつまでそこにいるんだ。行かないのなら車に戻れ」
「い、今から行きますんで!」
 火縄の鋭い目に射ぬかれたシンラはショウの手をとるといそいそと目的地へ歩きだした。
 ショウは火縄に向けて頭を下げ、兄のあとをついていく。歩くたびにもう一方の手に提げた袋がゆらゆらと前後した。

 目当ての建物は常に清潔を保っている。ここに勤める人達も。受付に立っていた顔見知りの彼女も。
「こんにちは日下部さん。一週間ぶりですかね」
 眼鏡をかけたおっとりとした女性は、アイロンをきっちりとかけた看護服で迎え入れる。
「こんにちはアーグ中隊長」
「こんにちは、お久しぶりです」
「面会ですね。お昼まで談話室で過ごされてましたから、もしかしたらお休みになっているかと」
 看護にあたっていたアーグ中隊長の言葉に、兄弟は顔を見合せた。
「もう少し早く来ればよかったかな」
「兄上が準備に手間取るからでは」
「ショウも同じことが言えるぞ」
「仲がよろしいですね。でもまだ起きてるかもですから、早く行ったほうが」
 ほらほら、とアーグ中隊長が二人の背中を押してくる。
「面会時間がなくなりますよー」
「わ、わかりましたから」
「行ってきますっ」
「行ってらっしゃいませー」
 二人は気持ち早歩きで廊下を進んだ。
「ショウ、ここでは兄ちゃんとか兄さんって呼んでほしいんだけど」
 道中、シンラは弟へ耳打ちする。目指す病室が近いこともあり、彼女の前だけは一般的な兄弟でいきたい。
 普段は兄上と呼ぶショウだが、今日ばかりはシンラの意を汲んだ。
「なるべく、頑張ってみる、よ……」
 形の良い耳を赤くさせて世間一般の弟らしい口振りで首肯する。慣れない話し方はたどたどしいが、本人の心意気を感じたからシンラは微笑するのみ。
「もうすぐ、そこまで来たぞ、兄、さん」
「忘れ物はないよな?とって返すなんてできないから」
「ここにちゃんとあるさ」
 ショウは今一度、袋の中を確かめた。朝から何度も入っているかを見ていたけれど、ちゃんとそこに入っていた。
「授業で作った陶器の湯飲み」
 焼き色が綺麗についた湯飲みはショウの自信作だ。
「マキさんから参考資料にと見せてもらったマモル君が上手く描けたんだ」
「焼いたいかげで渋味があっていいぞ。動物を描くならヴァルカンに聞けばよかったんじゃ……」
 なぜ最初にマキに尋ねたのだろうか。そこだけはずっと疑問だった。ショウが満足そうなので今更それを訊くことはしないが。
 そのまま進んでいけば目的の部屋に着いた。白い扉をノックすると「はーい、どうぞ入ってください」と向こう側から若い女性の声が返ってきた。
「シンラです、失礼します」
「こんにちは、ショウです」
 二人はドキドキしながら入室する。
「こんにちは二人とも、待ってましたよ」
 艶やかな黒髪の女性がベッドの上で待っていた。
 あどけない少女のように笑いながら「シンラ君、ショウ君、今日は遅かったね」と二人を手招く。
 兄弟は彼女を前にしたら、強ばっていた表情を自然と綻ばせた。
「ちょっと事務処理に追われてしまって」
「シンラ君は消防官だものね。でも無理はしないで。ショウ君は学校どう?」
「授業の一環でこれを、上手く作れたから、あげたくて」
 本当は身なりにこれでもかと時間をとっていたとは口外せず、いかにもそれらしい言葉で繕う。
 彼女は疑うこともなく、渡された包みを大事に受け取った。
「あらあら、贈り物なんてビックリだわ」
 目を丸くして包みをしげしげと眺める。
「中身はー」
「待って。何が入っているのか当ててみるから待って」
 彼女が真剣な顔で遮ってきたのでショウは口を閉じた。代わりに「何だと思う?」と問いかけた。
「大きさ的に手のひらに乗るものよね。軽いような気もするし、う〜ん」
 真剣に考えこむ彼女にシンラは「ヒントを出そか」と申し出る。
 彼女は首を横に振った。
「まずは一分だけ考えるわ。その後にヒントをちょっとずつくれるかな?」
「わかった。それじゃあショウに計ってもらおうか。それで俺がヒントをだす」
「わ、わかった」
 にこやかに話すシンラと照れているショウを、彼女は愛おしげに見つめている。
「私はきみ達のお母さんですからね。一回で当てたいのは本音だけど、ハズレた分だけ二人と長く過ごせるんじゃないかって、勝手な考えるがあってね」
「お、俺はそれがいいな。今日は、か、母さんと過ごすために、来たから……」
 ショウが気恥ずかしいのか照れているのかポソポソと言うので、シンラと母はほっこりした。
「俺rも出番がほしいからさ、何回でも間違ってよ」
「何回もって意地悪だなシンラ君は。でも二人がそう言うなら甘えようかな」
 母は微笑を浮かべて包みをなぞった。
「授業で作ったのよね。母さんがショウ君くらいの時は写真立てとか作ってたけど……」
「もうすぐ一分経っちゃうよ」
「あらら、もうなの?シンラ君のヒント、お願い」
「いいよ。最初だからぼかし気味にするよ。ヒントその1、あると便利ってやつ」
「ざっくりしてるわ!でも便利なのを考えればいいのね」
 母が肩を揺らして笑うと、包みを指で叩いたり振ったりしてみる。
 こきには和やかな親子の時間が流れていた。若干たどたどしい部分もあるが、それは致し方ない。
「小さかったシンラ君と赤ちゃんだったショウ君があっという間に大きくなってて。何度会っても不思議な感じがするわ」
「仕方ないよ母さん。あの時はウチが火事になって、でもみんな助かったし」
「母さんは煙をたくさん吸ってしまって、それでずっと気を失ってたから」
 真実は母を混乱させるだけだから、シンラ達と第8、彼らとゆかりのある人達と考えた。「火事の影響で長らく眠っていた万里日下部が目を覚ました」。そういう筋書きならば矛盾が少ないのだった。
「私がお寝坊したばかりに二人の晴れ姿を見損ねてるの、悔しいのよ」
「まあまあ、ショウの学校行事があるしさ、その時は一緒に行こうよ」
「母さんと、兄、さん、と写真撮りたいから来て欲しい」
「うん、そうだね。まだチャンスはあるもんね」
 息子の言に母は納得すると愛おしげに笑いかけてくる。
「次は、みんなで行きましょう。この際だから約束の指切りもしましょうか」
「それはいいね、俺は母さんとするの久し振りな気がする」
「私もよ。シンラ君のは昔と比べて大きい手になってるね」
「俺は初めて、かも?」
「あの頃はまだできなかったもの。でもショウ君もおっきくなって、私嬉しいわ」
 心底嬉しいそうに、ニコニコと少女のように笑う姿を見て、兄弟はただただ安らぎを覚えるのみ。

 ぼくたちは、アナタがここにいることに、喩えようのない幸福で満たされています。

20210214
(日下部一家の再起を目指して、がテーマです)



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