「紺炉さんはこちらにいますかい?」
 町民のひとりが詰所にやって来た。
「大隊長に何か……ふぅん」
 応対に出た隊員は、町民が携えている物を見てニヤリと笑い、町民は「他のヤツには言うなよ」と居心地悪そうに畏縮している。
「あぁ、わかってる。ちょっと待ってな、大隊長を呼んでくるよ」
 町民の様子に隊員はにやけたまま奥へ、大隊長のもとへ向かった。
 ほどなくして大柄な男が現れて、町民はホッと胸を撫で下ろす。男の後ろに小柄な影もあったが、目当ての人物に会えた彼は気に留めていない。

 大隊長のもとへ訳ありの男が訪ねてくるのは良くあること。歳は青年から老人と幅広く、彼らはいつも『何か』を渡したり、引き取っていったりする。
「コレ、しばらくの間だけお願いしたくてね」
「構わんよ。落ち着いたら取りにこいや」
「すまないね。じゃあ宜しく頼むよ」
 彼も一時的に『何か』を預けるべく紺炉を頼った。
 それは箱に入っていたり、布に包まれていたりする。今回は紙袋に入っていた。
 なぜ彼らは預けにくるのかは、『何か』が手元にあると人目が気になってしまうから。だから一時的に手放すしかなく。
 紙袋の中身は男なら誰でも判る品。年若い中隊長にもどういう理由でやって来るのか察せるほど。
「ちゃんと引き取りに来ますから」
 町民はペコペコと頭を下げて詰所を後にする。
「さて、コイツを仕舞うか」
 紺炉も預かり物を手に踵を返す。彼の後ろを中隊長も、興味深げについて来た。
「さっきの男って、たしか今月に……」
 紅丸は男がここを訪ねた訳を思い出す。
「今月の末に、結婚するんだっけ?」
「そうだ。やっと嫁さんが見つかったってはしゃいでたよ」
 確かめてくる紅丸に、紺炉は背中を向けたまま頷く。押し入れへ預かった紙袋を仕舞っていた。預けた男の名前を記しており、紺炉の几帳面さだ伺える。
「ここへ持ってきたってことは、彼女さんに見つかりかけたかもなァ」
「たかが春画ひとつで大袈裟な」
「されど春画。これひとつで離婚ってこともあるし、アイツもしれは避けたいのさ」
 持ち込まれるのは色気たっぷりの本。所持することは健全な証でも、それは男の視点。
 女子からすれば、自分がいるのにそれは必要なのかと機嫌を損ねる、デリケートな代物だ。それが原因で一悶着を起こし、紺炉が仲裁に入ったのは一度や二度ではない。
「ふぅん。でアイツはちゃんと引き取りに来るんか?」
 紅丸は納得した体で押し入れの中を覗き込む。預かった本は今日までかなりの数がある。引き取られた数を抜いてもそれなりに残っていた。
「さぁてね。こればっかりは俺にも分からん」
 紺炉は肩を竦める。預かっている中には包みが汚れていたり、色褪せていたり、年季の入ったものもある。あえて引き取らないで放置されている。
「不要だからって取りに来ないのは勝手すぎるぞ」
「今の生活に満足してんだよ。だけらって捨てるに捨てられんしなァ」
 もしかしたら取りに来る、かもしれなくて手を付けられない。
「人にやれば。どうせ向こうもそれを判って預けてんだし」
「そうしたいがね……」
 歯切れの悪い紺炉に紅丸は視線だけで促す。
「本人が存命なら持ち出さないことになっててよ。預けたのを誰かが持ってるってのは心穏やかになれんから、とか」
「それって昔っから伝わってる決まりか?」
「俺も人づてに聞いたから詳しくないけど、いかにも野郎が考えそうな取り決めだよな」
 紺炉は苦笑しながら幾つかの包みを取り出す。付けられた札は全てが古く、名前も未記入だった。
「持ち主不明なのは誰かに譲って場所を空けたりするけど、紅にもやろうか?」
 紺炉はニヤニヤと包みを寄越してくる。若い紅丸の反応を楽しみたいのが透けて見える。
「……受けとらなかったら大隊長になれ、とか言わねェよな?」
 常々言われていることを訊けば、紺炉は渋々と首を横に振った。
「言いたいのはやまやmだが、今はコレを一冊でも減らしたいんだよ」
 階級について言及したいものの、優先すべきは押し入れの中を片付けること。
 諦める気のない紺炉に紅丸はフンと鼻を鳴らし、渡された包みを開けた。
「こいつはまた、とんでもだな……」
 表紙を見て言葉を失う。紺炉も覗いて「こりゃあスゲェ」と驚嘆した。
「獣の番とか。予想してねェぞ」
「しかも筆使いが芸術作品みてェだ。当時の流行かね」
「だろうな。他は?これ以外の作風のやつはないんか?」
「お、紅も興味あんのか?」
 さも意外そうに目を見開いてニヤニヤと笑ってくる。親父臭い態度に紅丸はムッとしつつ掌を向けた。
「男だから当たり前だろ。ほら次のは?」
「そっかそっか。紅も一丁前の男になって嗜んでいると」
 言い方にカチンときて掌を拳に変えた。
「からかうな。次のを出せって」
 拳を背中にグリグリと押し付ける。紺炉が「痛ェよ」と呻くが顔は笑っている。
「はいはい。そう急くなよ……コレはどうよ?」
 次は箱を渡す。古いが箱に使われている紙は上質で、中の状態もよさそうである。
「……案外、こういう好き者っているんだよな……」
 箱を開けた紅丸は呆然とソレを見た。
「これはまた、予想外っつうか」
 紺炉も中身を見て戸惑う。人間同士で絡んでおり、とても肌色が多い本。
「これって、覚えのある名称ついてるし、その手の指南書だよな?」
 紅丸は恐る恐ると本を捲った。艶かしい絵の下には技のような名称がついている。
「男ばかりとは、たまげたなァ」
 紺炉も驚きつつ興味深く眺める。男女のほうは見たことがあるが、こっちは未読なので好奇心が疼くのだ。紅丸も同じらしく、捲る手は止めずに眺めていた。
「うわー、こんな体位できんのか」
「体が柔らかいならできそるかもな」
「年長者でも分からんと?」
 年の差を考えたら紅丸より色々知ってそうなのに。
「生憎、機会がないもんでね」
 知らないこともある、と肩を竦めてみせる。
「経験豊富そうなのに、あだっ」
 茶化す紅丸は鼻を弾かれた。
「俺はそこまで経験してねェっての」
「どうだか。俺がガキの頃にはとっくに成人してんだ、シラを切ってるんだろう」
 呆れる紺炉に紅丸は鼻をさすりながら疑わしい目を向ける。
「お前こそ、俺の知らんところで手込められてんじゃないのか?」
 紺炉も疑わしい目で見てくる。ジリジリと火花を散らす二人であったが、大きく息を吐いて気を宥めた。
「そこまで知りたいとは思わねェよ」
「言い争っても無意味だしな」
「内に秘めとくものだし。俺はそこまで踏み込んだことねェけど」
「だよな。俺はまったくの未経験だけどよ」
 揃って潔白を示す様は怪しいが、これ以上は藪蛇になりそうなので話を打ち切った。
「んで、コイツはどうする?引き取る人間がいないなら置いておくことはないだろ」
 本を箱ごと不要とばかりに紺炉へ押しやる。
「紅が持っていってもいいんだぞ」
 からかい混じりに言うと、紅丸は眉間の皺を深めるくらいに拒否した。
「いらねェ。あっても使わんし」
「俺も使わないしなァ。当てはないのか?」
「いても手挙げ難いだろ」
「そうだよな。捨てるにも度胸いるし、奥に押し込むか」
 箱に戻してから押し入れの隅へ置いた。その様子を見ている紅丸はひとつの予測を立てた。
「古いのが残ってんのは、捨てる機会が見つからなくて仕舞いっぱなしとか?」
「有り得るな。だからって男の嗜みが玄人好みばっかり残ってるのもどうよ」
 他のもあらためれば、似たり寄ったりの系統が出てくる。
「使えるのは持っていかれたみたいだぞ」
「そうだな……おっとコレはちゃんとしたやつっ」
 紙袋を覗いた途端に紺炉が慌てだす。ただならぬ様子に紅丸の目が細まった。
「大隊長のお宝が紛れてたか!?」
 面白そうな予感に飛び付いた。
「お、お宝ってもんじゃねェぞ!」
 紺炉が後ろ手で隠すより早く、紅丸が紙袋を取り上げる。本とは違う軽さと薄さに「ん?」と首を傾げ、中を見た。
「これは写真?……はぁ!?」
「た、他意はないぞ!新しいカメラを試しただけでな!」
 絶句する中隊長に大隊長は急いで弁解する。
「……いつ撮った俺の着替え」
 嫌そうに睨みつける。心なしか後退りしていた。隠し撮りされていれば彼の対応は正しい。
「ひ、ひと月前かな?別に疚しいわけじゃ、よく撮れてたから眺めていただけです!他意はないんです!」
「隠し撮りしてる時点で他意しかないだろ!これは俺が処分しとくぞ!」
「な、なんだって!?それは勘弁してくれよ紅の成長記録なんだぞ!」
「こんな記録の仕方があるかァ!カメラも取り上げたくなきゃあ、もう撮るんじゃねェぞ!」
 釘を差してそそくさと。取り返される前に部屋を飛び出した。
「あぁ……うっかり開けたのが悪いんだけどよぅ……」
 紺炉は項垂れ、ちらりと押し入れを見る。男の嗜みに溢れた素晴らしい空間なれど、紺炉の琴線に引っ掛かるものは見つかっていない。
 興味をそそられているのは別のところにあるからだ。
「隠し場所を変えとくか……」
 あれだけと思い込んでいるうちに、と幾つかの包みを出した。

20200502
(男子高校生みたいなノリの話にしようかと思ったらこんな落ちに。どこで軌道が逸れたんやら……)



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!